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『真田昌幸』という名を与えられた籐吉朗は、城内に部屋を用意された。 信玄の住む、奥部屋に近い・・・美しく整えられた部屋。 誰から見ても破格の扱いで、信玄が『真田昌幸』という人物に余程の信頼を 与えているのだろうと思わせる。 だが、実際は。 籐吉朗を逃がさないために、傍に置いた。それだけのこと。 「この部屋を使え。城内は自由に歩いても構わないが・・・俺の傍以外は身の安全の 保障は出来んぞ?」 上機嫌に信玄が籐吉朗に告げる。 「うちの家臣は嫉妬深いからな・・・」 「・・・信玄さまのお傍でも安全だとは思いません」 蒼白な顔をしつつも籐吉朗は信玄を見上げてて気丈に言い放つ。 少しばかり驚いたような顔をした信玄は、豪快に笑った。 「はっはっは、確かに言う通りだな。俺の傍は『安全』では無いだろう。だが、生きて いたいなら離れるな。お前はここでは何の功績もたてていない、小さな小さな弱い 生き物なのだからな」 信玄が籐吉朗の肩をとん、と押した。 呆気なく倒れる体。 圧し掛かる重み。 「良いか、お前は誓ったのだ」 顎を強く捉えられ、視線が絡む。 「その心も体も俺に捧げるとな。その誓いを破れば・・・」 信玄の手が籐吉朗の肌を優しく撫でながら離れていく。 ぞくりと背筋に寒気が走った。 「働きを期待しているぞ、『昌幸』」 「・・・・・・」 喉がひりつき、籐吉朗は声を出すことが出来なかった。 籐吉朗が消えて1ヶ月。 織田家中は、表面上何も変わるところは無かった。 皆、己の仕事をこなし、秀吉だけは二人ぶんをこなし・・・ただ日々は過ぎていく。 違ったのは・・・信長。 「殿のご様子はどうだ?」 万千代は部屋から出てきた犬千代に声をかけた。 「・・・表面上はお変わりない。だが・・」 雰囲気に余裕が無い。 元々容赦という言葉を知らない信長ではあったが、今はピリピリして殺気立ち 不用意な一言で命を落としかねない。 「籐吉朗は・・・見つからないのか?」 「知らせはない」 「そうか・・・・・だが、今となってはそのほうがいいかもしれないな」 「ああ・・・」 以前にも籐吉朗が・・・日吉がいなくなったことがある。 あれは不可抗力だと言ってしまえばそれまでだが、いつもの信長ならば決して 日吉を許しはしなかっただろう。 それだけでも犬千代たちを驚かせたというのに・・・恐らく2度目はない。 「それでも・・・」 あの元気に笑う姿が見たい。 必死に主を追う、あの小さな背中が見たい。 「・・・参ったな」 「全くだ」 取るに足りない、侍とも呼べない・・あの小さな子供が。 これほどまでに大きな存在であったとは。 「失って初めてそのものの価値を知る、とはこのことだな」 「ああ。だが・・・そう判断できるだけ俺たちはいいのかもしれぬ。殿は・・・」 犬千代と万千代は揃って溜息をついた。 すでに冬。 近く雪が降るであろうことは容易く接せられるほどに空気は冷えていた。 信長の居室は十分に暖がとられていたが・・・心の内は冷え切り、顔は能面の ように強張る。 「・・・・・っ」 握りしめた拳に血が滲んだ。 いくら記憶の彼方に追いやろうとも・・・浮かびつづける一つの影。 『殿・・・・・信長、さま・・』 周囲に際立つ茶の色の髪。 次々に浮かぶ表情・・・・怒ったもの、泣いたもの、とまどうもの、困るもの。 そして、笑う顔。 『信長さまっ!』 「・・・何故だ」 何故、自分のもとを去った? そればかりが頭をぐるぐるとまわる。 秀吉に手紙を渡され、すぐさま捜索をかけたが・・・籐吉朗は見つからなかった。 かなりの手勢を使ったつもりだ。 サル1匹にここまでするか、と我ながら笑えたものだったが・・・杳として行方を掴めない とは笑うどころではない。 籐吉朗の足取りを消す、何者かが居る。間違いない。 それも・・・かなりの手練だ。 「・・・誰だ・・・」 誰が俺から・・・・・・・・・・・・・・・・奪って行った・・・・。 その問いに答えることが出来るものは誰も居なかった。 |
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+あとがき+
信玄より信長のほうが壊れていっているような・・(苦笑)
さて、『真田昌幸』でございますが、彼は実際に存在した人物で
真田幸村の父にあたる人です。
あまり深くは説明しません・・ネタばれになりかねないから(笑)
次回はもっと武田方メインで話は進むでしょう。
では、ご拝読ありがとうございましたm(__)m