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 甲斐まで・・・・武田領までの道のりは容易くはない。
 しかも冬が間近に迫るこの時期は特に。


「・・・・はぁ」
 と息を吐き出せば白くなる。
 それでも寒さ以外にさしたる災難も無かったのは・・・幸いだったのか不幸だったのか。
 籐吉朗は複雑な心境だった。

 そして、手に持つ一枚の木札も籐吉朗の心を重くさせる。
 それは、領地内に入るために通行札。
 裏書は・・・・・・・武田信玄本人の者の証である花押。
 織田領を出た最初の夜、宿で目の覚めた籐吉朗の枕もとに置かれていた。
 きっと・・・この木札は籐吉朗の便宜を図るだけでなく・・『監視』していることを知らしめる
 ためのものに違い無く・・・・・・・・

 籐吉朗は人影も何も見えないはずの、自分の背後が気になって仕方が無かった。


「でも・・・とにかく、母さんは助けないと」
 その後で自分がどうなるかは、わからない。
 本当に仕えたい主君は・・・変わらず織田信長ただ一人なのだから。


 籐吉朗は己に渇をいれ、関所をくぐった。
























 秀吉が籐吉朗の不在に気づいたのは、不覚ながら一夜明けた翌日の朝のことだった。
 これは秀吉ばかりの責めでは無い。
 何しろ、この数日というもの信長の命令でそれぞれの分担をこなすことが忙しく
 少々の時間のずれは当然のこととなっており、就寝時間もばらばらになっていたため
 籐吉朗が家に居なくても気にせずに、疲れていた体を秀吉は布団へ横たえたのだ。
 だが、そんな擦れ違いが多いからこそどんなに忙しくても仕事の打ち合わせのために
 朝食だけは共にとることにしていた。
 けれど。
 秀吉の隣に、いつも敷かれているはずの籐吉朗の布団は無く。
 炊事場の方から音がする様子もない。

「・・・・・・籐吉朗?」
 訝しげに秀吉が呼んでみるが、返事も無い。
 外気の冷たさに、一瞬身を固まらせた秀吉は名残惜しげもなく掛け布団を跳ね上げた。

「籐吉朗!」
 叱責にも似た、呼びかけに・・・・やはり声はかえらない。
 秀吉の胸中をはかりしれぬ不安が影をつくる。
 それを気のせいだと言い聞かせながら、仕事の用事で遅くなったのかと・・・・
 文机の上を見れば、2通の手紙。

「・・・・・・・・?」
 不器用な手つきには不似合いな流麗な文字。
 寺子屋時代に厳しくしつけられた・・・今ではありがたく思うその字。
 一通目の表書きには・・・・『日野秀吉 様』
 何を格式ばっているのかと苦笑いしそうになった秀吉は、二通目の表書きに顔を
 凍らせた。

 『織田信長 様』

 今、信長に手紙など差し出す必要はない。
 用件は全て直接に会って言上するように命令されているのだから。
 


 秀吉は自分宛の手紙を破るように開けた。






























 甲斐は山城。
 立派にそびえる城は権力の証。
 諸所から・・・どこかで聞いたような掛け声が聞こえてくる。

「・・・・・・・・」
 ぎゅっと籐吉朗は木札を握りしめ、正門を睨んだ。
 

 ついに来てしまったのだ。
 この城の中に、母と・・・・・・・・・・・・武田信玄が居る。
 諸国にその名を響かせる、武田信玄。
 確かにその人柄と武功、才知・・・どれをとっても素晴らしい人だと・・・籐吉朗は
 思う・・・・思っていた。
 
 けれど。
 それならば、どうして自分を放っておいてくれなかったのだ。
 たかが他国の草履取り・・今ではマキ係りだが・・信玄にとっては道端の石ころも
 同然ではなかろうか?
 自分などを求めてどんな利がある?
 ・・・・まさかヒカゲのように未来を見通す力を自分に望んでいるのだろうか?
 それならば見込み違いもいいところだ。
 自分にはそんな力などありはしない。
 あれはただの偶然の産物。
 だいたい・・・・・・・未来など見通すなど・・・・・馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
 
 未来は己で作り出すもの。
 
 籐吉朗は信長と共に、そう・・・感じたのだ。
 だから・・・・。

 母を取り返したら・・・一刻も早く信玄を説得して信長の元に帰ろう。
 きっと自分を求めることなど愚かしいことだと気づいてくれる。
 そうでなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ふと視線を、正門の上から橋げたに下げると・・・・・・・・



「・・・・・・・・っし・・・・信玄さま・・・・」
 考えていた当の本人。
 一国一城の主である、武田信玄が共も連れずに正門にもたれて立っていた。
 おそらく、訓練の最中だったのだろう・・・兜はさすがに脱いではいるが、全身を
 深紅の鎧に固めていた。


 
「漸く来たな・・・籐吉朗。待ちかねたぞ」

 まだ距離は離れているのに。
 信玄が、歪んだ笑いを口元にうかべてそう言ったのがはっきりと耳に届いた。

 
 





















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+あとがき+
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次の5くらいまでは今年中に書きたいんですが
どうなることやら・・・・・
これからお館様本領発揮です!(何がだよ/笑)


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