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土間で、ぼ〜と水がめを覗き込んでいた籐吉朗は、ガタガタという音に我にかえった。 「・・・・秀吉」 「?何してんだ、籐吉朗?」 てっきり仕事に取り掛かっているものだと思い込んでいた秀吉は籐吉朗の顔色の 悪さに目を見開いた。 「何かあったのか?」 秀吉の問いかけに籐吉朗は薄く笑い、首を横に振る。 「ちょっと、風邪ぎみなだけ。それより、殿はどんな用事だったんだ?・・・言えなければ 別にいいけど・・」 「お前が心配だからきちんと目を光らせてろ、とさ」 「ぶ〜っ、何だよそれ!殿がそんなこと言うわけないだろう、秀吉の嘘つき」 「当たらずとも遠からず、なんだがな」 「・・・・・・??は?」 絶対に信長は頷きはしないだろうが・・・・籐吉朗のことを心配していた。 あの独裁者であり絶対君主・・逆らうならば容赦しないという冷徹非情な信長は 何故か籐吉朗には甘かった。 ・・・『何故か』? 秀吉は自分の内心を笑う。 わかっているのだ、自分は。何故、籐吉朗だけが『特別』なのか。 精一杯にただ『生きる』姿。 盲目的なまでに信頼に溢れた眼差し。 暗い戦国の世とも思えぬ明るさ。 『籐吉朗』という全存在が・・・・信長にとっては・・・いや、籐吉朗の周囲の連中には 癒しとなっているのだ。 この下克上の世の中で、ただ一つだけ信じられるもの。 それは。 『籐吉朗は裏切らない』 何の根拠も無い、その思いだけだった。 「いいから、さっさと取り掛かろうぜ。商人どもに感づかれないうちにな」 「うん・・・そうだな」 この時。もう少し、籐吉朗を追求しておけばよかったと秀吉は遠くない未来。 後悔することになる。 籐吉朗は炭やマキなどの買占めに奔走する中、ほんの少しの時間をひねりだし、 郷里にそっと顔を出していた。 本当に母親が信玄に連れて行かれたのか、それを確かめるために。 久しぶりの故郷。 そこは全く変わっていなかった。 一面に広がる畑と田んぼ。貧しい農家が並ぶ。 出たときのまま・・・・籐吉朗は奇妙な感慨にとらわれた。 自分がただの農家の倅で、今までのことが全て夢であるかのように。 その淡く儚い思いを打ち砕いたのは、聞きなれた不快な怒声だった。 ・・・・義父の声。 二度と顔をあわせるつもりは無かった。 だから、身を隠すように籐吉朗は中を伺う。 昼間から酒を喰らい、周囲に乱暴を働く姿は・・・嫌になるほど昔のまま。 籐吉朗につらい記憶を思い出させる。 家の中には姉と・・・義兄。 そして妹と弟。 ・・・・母は居なかった。 「あれはどうした!何処に行きやがった!」 「お義父さん・・・母さんは・・・・。本当に何処に行ったか知らないの?」 姉の途方に暮れた声がする。 ああ・・・・やはり。 籐吉朗は寄りかかっていた柱に力なく身を落とす。 「・・・かあ、さん・・・っ」 戯れで信玄があんな書状を送ってなど来ないことは分かっていた。 それでも・・・・どこかで、嘘であればと願っていたのだ。 「なぁ、秀吉?」 「何だ?」 それぞれの分担で打ち合わせと進行状況について交換し、そろそろ寝るかと いう頃に籐吉朗が秀吉に話し掛けてきた。 籐吉朗が話し掛けるのは別段に珍しいことではない。 だが、その眼差しが・・・・・静かすぎた。 「秀吉はもう向こうの世界には帰らないんだよな?」 「・・・帰りたくても帰れないだろうが」 そう、銅鐸も何もかも全て失われてしまったのだ。 そして、秀吉は籐吉朗と共に、この世界で生きていくと決意していた。 今さら何を言うのかと・・・と秀吉は籐吉朗を睨みつける。 「だったら・・・」 「何だ?」 「どう言っていいかわからないんだけど・・・・・こっちの世界の母さんたちと妹たち・・」 「・・・・・・」 「・・・・よろしく頼むな」 「・・・何を言い出すんだ、お前は?俺に頼む前にお前が面倒を見ればいいことだ」 「うん。だけど・・・・ほら、こんな世の中だし。もしかして俺が・・・・」 死ぬことだってある。 言葉にしない思いを秀吉は正確に汲み取る。 「それなら俺でも同じだろうが」 「ん、だから。もし、秀吉よりも先に俺がどうにかなったら・・・・そのときは」 「もし、なんて未だ来てもいない事柄を心配しても仕方が無い。わかってるだろう?」 「わかってる。わかってるから・・・・っ!ここだけでいいんだ、秀吉!」 秀吉を掴む籐吉朗の手に凄まじい力が篭もる。 いったい何があった? 「・・・・誰かに脅されたのか?」 籐吉朗は静かに首を振る。 「俺はいつか・・・侍になって母さんに孝行したいって思ってた。苦労ばかりかけた 母さんに少しでも幸せになって欲しい。・・・・秀吉は思わなかった?」 「・・・・・・。・・・・・・・」 籐吉朗と秀吉は違う。 けれど根底は・・・・同じなのだ。 「・・・・・言うまでも無いことだ」 籐吉朗が破顔した。 「良かった。違うって言われたらどうしようかと思った・・・」 「・・・・馬鹿だな、籐吉朗」 「秀吉こそ。・・・孝行したくない?」 「・・・・・・。・・・・・・」 秀吉は深く深く吐息をつく。 「・・・・わかったよ。孝行すればいいんだろう」 「うん、ありがとう」 ありがとう。 籐吉朗はもう一度、呟く。まるで肩の荷が下りたかのように。 「ただし、お前が俺より先に・・・・だからな」 「うん」 「俺はお前より後に・・・するつもりは無い」 「うん。わかってる」 籐吉朗は本当に嬉しそうに笑った。 その笑顔を忘れられないほどに。 籐吉朗は、最期の一字を書き終え、筆を置いた。 「殿・・・・・」 本当は何も残さず消えるつもりだった。 『自分』は二人いらない。 秀吉が居れば・・・・きっと殿の役に立ってくれる。 だから、これはきっと自分の未練。 おそらく、傍らで信長の天下を見ることは叶わないだろう。 「さようなら、お元気で」 織田の領地から籐吉朗が消えた日。 今年最初の木枯らしが吹き荒れていた。 |
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+あとがき+
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| ついに袂を分かった籐吉朗!! どうする信長!?どうする秀吉っ!? 次回、 『愛憎渦巻く男達の戦い!』 しばし待て! |
・・・なんてね(笑)