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| 秋は短く移ろいやすい。 人の心もまた同じ。 1555年、晩秋のころ。織田の隣・・斎藤の領地は俄かに不穏な空気に包まれ つつあった。 「よぉ、来たな。サル1号2号」 「「・・・・・・。」」 陽気な信長の問いかけに伏した顔をそのままに籐吉朗と秀吉は溜息をつきそうに なった。 「・・・お呼びということで伺いましたが?」 常の倣いで、二人が揃っているときは、まず籐吉朗からしゃべりだす。 「ああ、呼んだ。・・・まぁ、まずは先日の入札はうまくいったようだな。よくやった」 自分にも厳しく、部下にも厳しい信長だったが・・・功労には惜しみなく褒美を与えた。 「ありがとうございます」 「何か望みはあるか?」 「・・・・」 聞かれて籐吉朗は考える・・・・・・・・・・・が何も無い。 そして、隣に座る秀吉はそんな籐吉朗の内面を推察し、また溜息をつきそうになる。 この時代、謙譲は美徳ではない。 貰えるものは貰う、貰えないものならば奪ってでも獲る。それが戦国武将というものだ。 それが籐吉朗とくると・・・・信長の褒美の言葉だけで満足してしまうのだ。 それを信長もわかっているのか僅かに苦笑し、秀吉に視線を向ける。 「サル2号、お前はどうだ?」 「・・・・今のところはございません」 未だ、マキ係でしかない自分たちには信長に貰えるものは分不相応なものばかりだ。 それならば恩を売って、後で纏めて貰い受けるほうがいい。 「今のところは、な」 信長はにやりと笑うと、扇子をぴしゃりと閉じた。 「まぁ、いいだろう。では本題に入るとするか」 閉じた扇子で信長は二人を近くに招く。 「これはまだ極秘だがな」 まるで極秘らしくない明るい言い方で信長は言い始めた。 「どうもマムシの巣穴がきな臭いらしい」 「「・・・っ!?」」 二人は同時に目を見開く。信長の比喩がわからないほど鈍い二人ではない。 それはつまり。 斎藤道三の領地に争いが起こる可能性があるということ。 「・・・・ああ、それで」 一瞬の驚きの後、籐吉朗は頷く。 信長が二人を呼んだわけが理解できたのだ。 隣地で争いが起これば当事者ではなくとも、織田にも影響が出る。 特に経済の流通に重きを置き、比較的、人の出入りに自由な織田の領地には家を 失った、又は避難してくる斎藤家の領民や農民が多く流れこんでくるのは間違いない。 流民や、浮浪者に町は溢れ帰り、荒れるだろう。 当然、治安のほうも悪くなり・・・物価もあがる。 その物価の基礎にあるマキや炭も当然、高騰するだろう。 「先に手を打っておけ・・・と?」 同じ考えにゆきついた秀吉が信長に伺う。 「そうとは知られないようにな。こっちが買い占めていると知れりゃあ強欲な商人どもは ふっかけてくるに決まってるからな」 「でも・・・買い占めたマキや炭は・・・」 「高騰しそうになったら、流出させる」 ほっと籐吉朗が安堵の吐息をつく。 全く、お人よしにも程がある・・・・と思う秀吉も反対しないあたり朱に染まりつつある ということに気づいているのだろうか。 「では、早速取り掛かります」 そして二人、共に退出しようとしたところへ信長の声がかかった。 「サル2号。ちょっと残れ。サルは下がっていいぞ」 「「・・・・?」」 首を傾げつつ、秀吉はもう一度腰を落とし、籐吉朗は辞して行った。 そして部屋は沈黙に満ちる。 信長が何か言いたいことがあるのだが・・・・言い難い、らしい。 「殿・・・・・籐吉朗のことですか?」 仕方なく秀吉のほうから話をふった。 だいたい、秀吉を残して籐吉朗を帰らせるあたり・・・ばればれなのだが、本人は 気づいてないと思っているらしい。 信長は苛立たしげに、扇をぱしりと鳴らして口を開いた。 「・・・スッパがな」 スッパというのは、織田家臨時雇い中の石川五右衛門のことだ。 情報収集と・・・暗殺。それを受け持っている。 「最近、サルのまわりをちょろちょろと嗅ぎ回っている連中が居るらしい」 「・・・籐吉朗を?」 秀吉が訝しげに眉を顰めた。 信長の周りというのならばいざ知らず、籐吉朗の周辺を探って何があるというのか? 「かなり慎重に行動しているらしくてな・・・元はまだ判明していない」 自分を殺そうとした五右衛門を信長は本当のところで信用してはいないが、その 実力に関しては認めていた。 その五右衛門がまだ、相手の所在をつきとめられないで居るとは・・・。 お気に入りの籐吉朗のことだ、決して手を抜いているとは思えない。 「・・・・注意しておきます」 胸の奥に生まれた小さな不安を押し隠し、秀吉は答える。 無言で流された、信長の視線が・・・・僅かに安堵に揺れた気がした。 だが・・・・。 その前に、二人は籐吉朗を一人にすべきでは無かったのだ。 一方、一人辞した籐吉朗は門を出て、街道から長屋への近道であるわき道を とぼとぼと歩いていた。 頭の中はマキや炭を買い占めるにあたり、どんなふうにすれば商人たちにそれとは 知られず実行に移すことが出来るか・・・その計画と。 「・・・殿は秀吉に何の用事があったんだろう・・・?」 あまり信長と秀吉が二人だけになることは無く、籐吉朗としては気になった。 その内容も、だが。 「・・・・二人とも子供みたいに喧嘩しないといいんだけど」 二人が聞いたら怒り狂いそうなことを本気で心配していた。 籐吉朗はまるっきり油断していたのだ。 それに気づいた時、籐吉朗の体は何者かに背後から羽交い絞めにされていた。 「・・・・・・っ!?」 叫び声は布に塞がれる。 「お静かに。木下籐吉朗、だな?」 抑揚を欠いた低い声が布越しに問い掛ける。 籐吉朗はそれに頷くことも出来ず、硬直していた。 けれど、頭の中だけはさかんに働き膨大な情報を処理していく。 いったい何者なのか? 自分を殺すつもりなのか?それとも・・・? まさか殿を狙って? 自分を利用するつもりなのか?ならば・・・好きにされるわけにはいかない。 「お前に書状を預かってきている」 だが、予想に反して何者かは籐吉朗の目の前に書状を差し出した。 「・・・・・・・・っ!?」 籐吉朗は驚愕する。 その書状に押されていた家紋に・・・・・・・・・・・・・・・・・武田家の家紋に。 「用件は全てそれに書いてある。もちろん、他言は無用だ」 すっと背後が軽くなる。 慌てて、振り向いた籐吉朗の目に映るのはただ、森の木々のみ。 その動きは見知ったもの・・・・・・・忍であったと知れる。 しかも・・・・・・ 「武田忍軍・・・・」 しばらく関わり合うことなど無いと思っていたその存在に籐吉朗は目に痛いほどに 白い書状を凝視しつづけた。 ガサリ。 籐吉朗は人気の無い場所までやって来て書状を開いた。 決して喜ばしいものでは無いだろう、その中身に覚悟し目を走らせる。 「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・」 籐吉朗の顔から血の気が引き、真っ青になっていく。 書状を掴む手は瘧でも起きたかのように震えていた。 「・・・・かあ・・・さ・・・・・ん・・・・・」 目の前が暗闇に包まれる。
まるで意味のわからない文章。 だが、信玄は・・・籐吉朗ならばわかると思って書いたのだろう。 そして、まんまとわかってしまった。 もう少し、鈍ければ。愚かであれば・・・・・・・・・・。 気づくことなく、このまま・・・このままであれたのに。 籐吉朗の手の中で、書状が握り潰される。 何故、信玄が籐吉朗などを呼ぶのかわからない。わかりたくない。 それでも。 自分を育て、慈しんでくれた・・・たった一人の母親が人質だというのならば 行く以外にどんな選択肢があろうか。 「・・・・・・・・殿」 体が震えて止まらない。 頬を伝うのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だったのだろう。 |
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+あとがき+
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それらしい表現は出てきませんが・・『オール→籐吉朗』ということで
よろしくお願いします(何をだ/笑)
もう少し今回は進めると思っていたんですが・・前半、殿が出張り過ぎました(笑)
というわけでタイトルの訳はもう少し先で・・・
それから、本文中。信玄の手紙の謎解きですが・・
至極簡単明快。各文章の先頭の文字を並べてみましょう♪
今のところ、書いてて凄く楽しいんですが・・いつまで続くやら。