(十夜)





『人生楽ありゃ苦もあるさ』

そんなふうに言われて
殴られた

幼い頃の霞んだ記憶




























「大丈夫だったか、日吉」
 事態の急展開についていけず、呆然と着物をはだけさせた姿のまましゃがみ
 こんでいる日吉に五右衛門は手を差し出した。
「!あ・・・うん!ありがとう、五右衛門」
 我にかえり、慌てて襟元をあわせ、裾を閉じる。
「・・・俺の希望としてはそのままでも良かったんだけどね〜」
「・・・五右衛門っ!」
 顔を真っ赤にして、睨みつけても可愛いばかりで迫力は欠片もない。

「しかしな、日吉」
「ん?」
「いつまでも嫌だ嫌だで通じる世界じゃないだろ、ここは」
「・・・・・・・うん」
 それはわかっている・・・・・本当に。
 でも、どうしようもない。
「俺が抱いてやろうか?」
「えっ!?」
「一応、これでもお前の旦那宣言した身だからな。・・・忘れられてるようだけどさ〜」
「わ・・・・忘れてなんか・・・・」
「んじゃ、やらしてくれる?」
「や・・・・やら・・・・・」
「俺、優しくするよ?」
 あんな信玄のおっさんみたいに乱暴に強引に事をすすめたりはしない。
 周りを埋め立て、じわじわと包囲網を狭めて・・・逃げ道を無くして俺だけを見るように
 ・・・・・そしてものにする。
 五右衛門は自分の中で最上級の笑顔を浮かべて日吉にせまる。

「・・・・・ダメ」
「日吉」
 ・・・が、どうやらその笑顔は日吉には効き目が無かったらしく、あっさりとダメ出しされた。

「・・・俺、遊女なんだから・・・ちゃんとしなくちゃいけないてわかってるんだ・・・でも。でも!
 ・・・・・・・・・・・・・・怖くて」
「最初は皆そうだって」
「違う!・・・そういう意味じゃなくて・・・・・」
 自分が感じる恐怖と不安をうまく伝えられる言葉が浮かばなくて、着物の裾をぎゅっと
 掴みうつむいてしまう。



 ぽんっ。



 そんな日吉の頭を五右衛門が軽く叩いた。
「五右衛門?」
「いいよ、無理しなくても。俺にとって日吉は『遊女』なんかじゃないからな」
「え?」
「『友達』だろ?」
 一生、ずっと離れることなど考えられない・・・『伴侶』。
「・・・・・・・!?五右衛門!」
「違うのか?」
「ううんっ!!」
 大急ぎで首を横に振る日吉。
「そんじゃ、今日はお前のために特別に麺打つところから見せて蕎麦作ってやるよ」
「っホント!?」
「マジマジ。水と湯、用意して来いよ」
「うんっ!」
 元気よく立ち上がった日吉は障子も開けたまま飛び出して行った。
 外から冷気が吹き込む。
 今夜もまた、町の角で凍死する人間が出るのだろう。
 生きる者が居て、捨てられるように死にゆく者が居る。
 それが戦乱の世。

「平和だね〜」
 全く。この世界は夢のようだ。





「なぁ、そう思わねぇ?・・・うつけ殿」
 隣に続く障子に五右衛門は呼びかけた。

「盗み聞きなんて趣味わりーぜ?」


 パシンッ!と勢いよく障子が開けられる。


「てめーこそ、仕事もせずに何油を売ってやがる」
 五右衛門の言う通り、そのこには不機嫌な顔を崩しもせず信長が立っていた。
「ちょっとした一休み、てやつ?」
「それで蕎麦まで打つのか」
「いいじゃん、惚れた女のためなんだからさ。俺の勝手でしょ」
 使う立場と使われる立場。
 使うほうが立ったまま、使われるほうがくつろいだ姿で座ったまま話を続ける。
 ここ、遊郭だからこそ。
 それが許される。・・・・いや、性格なのかもしれない。


「言っとくけどな。日吉は俺のほうが先に目つけたんだぜ」
「ほう・・」
 信長は五右衛門の言葉にすっと目を細めた。
 このあけっぴろげな信長にしては五右衛門をあざ笑うかのような笑みが口元に浮かぶ。

「あいつがここで働きはじめたときから見てたんだからな」
「それで?」
「後から来たくせに横から手ー出すな」
 




 冷気のせいばかりでなく、ぴーんと空気が張り詰める。





「言いたいことはそれだけか?」
「まだまだいい足りねーくらいだな」
 軽い口調で答えるが、五右衛門の視線は信長に向いたまま逸らされない。
 逸らせば・・・・・・殺られる。
 そんな気配が今の信長にはあった。

「惚れた女に手を出さず、呑気に蕎麦打ちか・・・・上忍もこうなっては形無しだな」
「惚れた女になら骨抜きにされてもいいね。・・それが日吉なら言うことはない」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
 にらみ合う・・・・・いや、冷静すぎるほどに冷静な視線がお互いを貫く。












 くっ・・・・。





「・・・・・?」
 急に笑い出した信長に五右衛門は不審に眉をしかめた。


「・・・・てめぇはだから、いつまで経ってもスッパなんだよ」
「あぁ?」
 至極おかしげに信長が続ける。

「まぁ、せいぜい『頑張って』みろ」
 もしかしたら『奇跡』とやらがあるかもな?
 
 まるで信じていないような口調でそう言った信長は日吉がもどる前に踵を返す。
 いったい何をしに来ていたのか。
 ・・・・・何がそれほど信長に余裕を与えているのか。

 色々と五右衛門には考えるところがあったが。
 とりあえず、今は。










「五右衛門ーっ!持ってきた!!」
 
 愛しい君に蕎麦を打とう。















<十一夜>

<九夜>
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※あとがき※

最後の『愛しい君に蕎麦を打とう』
・・書いてて自分で笑ってしまいました(笑)
そっか・・愛しくて蕎麦を打つか・・・謎な愛だな・・・・(爆笑)
あー・・次回あたりついにきそうですね(何が/笑)
まぁ、暖かく見守ってやっていてくださいませv


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