(九夜)



「ほんと、気味が悪い子ね」

よく母が口にした言葉。
あまりに頻繁に言われて

心は傷つくこともなく
麻痺していた































 朝から降り続いた雪は昼過ぎにはやみ、夕方には陽を反射してきらきらと輝いていた。


「綺麗だな・・・」
 自分とは全く違う。
 綺麗で純粋な雪。


「日吉、何をしているの?」
 声をかけられ、振り向けばヒカゲが障子から覗いていた。
「あ・・・いや、ちょっと」
「そう?それよりも今日は甲斐様がお出でになるらしいから準備していたほうが
 いいわよ」
「・・・・・ていうかそんなに自分のとこ留守にしていいんですか、あの方・・・」
「いいんじゃないかしら。あそこは大所帯で人材には困ってないみたいだし」
 そして体育会系。
「でも・・・用があるのはヒカゲで俺は別に・・・」
「あら、お気に入りでしょう、日吉は。絶対にお声がかかるわ」
 はうっ。
 体育会系・・・わかりやすくていいけれど、なかなかに疲れる相手でなのだ。


「日吉も色々大変でしょうけど、頑張って」
「ヒカゲ花魁・・・」
 何気ない優しい言葉が胸をつく。
 日吉は沈みがちになる気分に気合をいれて、夜への準備のために部屋へと戻っていった。














 ヒカゲの予想通り、信玄は日吉の元へとやって来た。
 そして、会うなり・・・
「水揚げされることになったと聞いたが本当なのか?」
「・・・甲斐さま」
 いったいどこで聞きつけてきたのか早耳なことである。
 日吉は本気で感心した。

「武田の情報網を侮るな」
「・・・・・」
 侮るも何も・・・・自分一人にそんなものを使っていいのだろうか・・・・?
「で、どうなのだ?」
「ご存知なのでは無いんですか?」
「知らないから聞いておるのだ。本当なら由々しきことだからな」
「・・・・・・?どうしてです?」
 自分が水揚げされようが、何をしようが武田に何か影響があるとは思えない。
 自分にはそれほどの価値は無い。

「お前は武田の命運を握る鍵だからな。他所にやるわけにはいかん」
「それは・・・何かの間違いですよ、きっと・・・」
 そんな大層なものではない、自分は。
「それはどうかな。俺の直感はお前を手に入れろとうるさいほどに騒ぐのだがな」
「・・・・・・・・ご冗談を」
 自分はただの遊女。それだけ。
「指一本も触れさせぬくせに、俺を通わせ・・執着させる。それがただの遊女と言えるか?」
「それは・・・・・・・・・・・・・・・・ヒカゲが」
 意味深なことを言ったせいで・・・。
「俺が人の言うことを盲目的に信じるタイプだと思うか?」
 ・・・・思わない。


 武田信玄。
 その実際の戦いの様は見たことは無いが伝え聞く。
 緻密にして大胆。騎馬隊の足をいかして、縦横無尽に戦陣を駆け巡る。
 その強さは無尽蔵。
 負けを知らない・・・・天下に一番近い男。
 

「俺に望まれるなど・・・そうは無いことだぞ?」
 確かにその通りなのだろう。
「でも俺は・・・・・・・・」
 男を慰めるだけの立場の・・・・・囲い者になりたいわけじゃない。
 自分の手で・・足で立って歩きたい。

「日吉、俺のものになれ」
「・・・・すみません」
「そう答えるだろうと思っていた。ならば最終手段をとるしかないな」
「・・・・・?」
 ことりと信玄が持っていた杯を卓に置く。
「俺は欲しいものは必ず手に入れる」
「甲斐・・・・さま・・・・・?」




 朱塗りの卓が荒々しく払いのけられ、視界が反転した。
 目に映るのは天井と・・・・・信玄の顔。

 
「日吉」
 両腕を戒められ、胸元に顔を埋められた。

「・・・・・・・ぁっ・・・・・やっ!」
 何が起きているのかやっと、理解した日吉は必死で逃れようろする。
 だが、武将の力に叶うはずもなく・・・腕はびくともせず、身動きできない。

「や、ですっ・・・・やめてくださいっ・・・・やめて・・っお願いですっ!」
 だが、信玄はとまらず蹂躙を続ける。

「・・・・っひぁっ」
「小ぶりだが、感度はいいな」
 噛みついた乳房をぺろりと舌で舐めあげる。
 びくりと震えた日吉の身体の隙をつき、信玄の手が股を割って進入した。

「・・・・やぁっっ!!」


















「おい、おじさん。無理やりってーのは良くないんでない?」
 信玄の手が止まり、脇に置いてある刀をすぐさま手にとる。
 突然の侵入者に、日吉が涙に濡れた顔を向けると・・・・・にこやかに笑って手を振る
 五右衛門が立っていた。


「・・・・・貴様、何者だ?」
 信玄は日吉から手をひき、殺気を漲らせる。





 今夜、この部屋には誰も近づけるなと言っておいた。
 腕の立つ者を選って連れてきていた。
 それが・・・何の騒ぎも気配も感じさせずに・・・・・・男は戸口に立っている。
 異常だった。




「あ、心配しなくてもお供の奴ら。殺しちゃいねーぜ?ま、しばらくは動けねーだろうけどな」
 痺れて。

「・・ごえ、もん・・・・」
「日吉、大丈夫だったか?」
 日吉のあられもない姿にそそられながらも、五右衛門は信玄から気を逸らさない。
 逸らせば・・一刀両断だ。


「日吉を気に入ってんのはあんただけじゃ無いんだよ。ルールは守ってもらわないとな。
 そうだろ・・・・・・・・『甲斐』さま?」
「お前・・・・・・忍か?」
「違う違う。俺、ただの蕎麦売り♪旨いんだぜー?」


 真剣な表情の信玄と人を食った笑みを浮かべる五右衛門。
 しばし、視線を交錯させた後。
 信玄は鞘をおさめた。


「ガードが固いな」
「滅多に無い宝もんだからな」
 苦笑した信玄は立ち上がる。

「悪かったな、許せ」
「あ・・・・」
 途端に罪悪感で日吉は一杯になる。
 遊女とは・・・・・・・・抱かれて、『普通』なのだから。

「また来る」
「・・・は、はい。お待ちしております」
 こんなことをされなければ決して信玄は嫌いな相手ではないのだ。


 五右衛門の脇を信玄が通りぬけていく。
 






「今度邪魔をしたら殺す」
 そんな物騒な言葉を残して。



















<十夜>

<八夜>
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※あとがき※

お館様、敗北(笑)
日吉と五右衛門のやりとりは十夜に続きます・・・たぶん(おいっ)


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