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(八夜)
「信長様が妻を娶られるそうよ」 「うそっ!いったい誰なのっ!?」 「何でも隣国の斎藤様の姫君で確か名前は・・・」 そんな女たちの姦しい噂話を日吉は柱の影で聞いていた。 (そっか・・・信長様はご結婚されるんだ・・・) 自分の部屋へととぼとぼと戻りながら、日吉は思う。 妻を娶られるということは・・・やはり、ここにはもういらっしゃらないのだろう。 サル、と呼ばれてあちらこちらに引きずりまわされることも・・・もう無い。 ほっと安心する影で・・・・・・・・・・・・・日吉の胸は本人に気づかれぬところで じくじくと痛みはじめていた。 「・・・・何、辛気臭ぇ面してやがるんだよ、客の前で」 ぼそぼそと呟かれて、はっと日吉は今の状況を思い出した。 「・・・秀吉」 どうせいつ来ても茶を所望するだけで、何もしない。 日吉が相手をすることも強要しない。 ただ・・・世間話やたわいもない話をして帰っていく。 はじめて会った日。 『抱いてやろうか』・・・と言ったことなど嘘のように。 その後、ことさら何をするでもない。 それが不思議で、秀吉が訪れて帰る度に日吉は首を傾げている。 「どうした、何か嫌なことでもあったのか?」 「え・・・ううん、何でもない・・・ちょっとぼうっとしてただけ」 「それはいつものことだろうが」 「・・・・・っ!!」 日吉の顔がむっとしかめっ面になる。 それを見た秀吉がくくっと喉で笑いを漏らし、ふと真面目な顔になって日吉を見つめた。 「な・・・何だよ・・・」 じっと見つめられ、居心地の悪くなった日吉が視線を逸らす。 「なぁ、日吉」 「・・・・な、何?」 がしっと腕をとられる。 同じような二人の体格なのに・・・・・秀吉は日吉よりずっと力が強い。 秀吉は逸らした日吉の視線に強引にあわせて、口を開いた。 「一緒に暮らさないか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」 一瞬、何を言われたかわからなかった。 呆然と秀吉の顔を見つめたまま日吉は動きを止めた。 「お前を水揚げする。だから、ここでは無いどこかで一緒に暮らそう」 「・・・・・・・・・な、ん・・・・・・・・」 まさか、そんなことを言われるなんて日吉には想像の外で、「うん」と頷けばいいのか 「いいえ」と断ればいいのか・・・・それとも・・・・・それとも・・・・ どうしていいのか途方に暮れる。 これが百戦錬磨の遊女なら、のらりくらりと交わして客に金だけ払わせ、さようならと 別れの言葉を告げもしよう。 だが、日吉にそんなことが出来るはずもなく・・・・。 「と、突然どうしたんだよ・・・ははは、秀吉・・・冗談は顔だけにしろよ」 わからくて。 冗談にしてしまおうとした。 だって、遊女らしくない日吉でも知っている。 『客の言葉は本気にしてはならない。それは全て飾り。嘘だから』 「冗談じゃない、俺は本気だ」 けれど、秀吉は言い募る。 ああ・・・ダメ。 それ以上、聞いたらいけない・・・・・いけない。 聞かせないで。 日吉は目をつむり、両手で耳をふさいだ。 「日吉!」 「嫌だっ!」 (俺は誰にも頼っちゃいけない!誰にも・・・誰にも知られちゃいけない!) 「・・・・・・わかった、もう言わない。だが・・・お前は何をそれほど怖がってるんだ?」 「・・・・・・・何も・・・怖がって、なんか・・・」 「いいや、怖がってるな。今の話だって・・・・俺が嫌だからってわけでも無さそうだし・・・ まさか、遊女が気に入ってる、てわけでも無いよな・・・」 「べ、別に・・・・理由なん・・・・ひっ!」 予備動作もなく、秀吉に胸を掴まれ・・・日吉は小さく悲鳴をあげた。 「・・・小さいな」 「な・・・ななななななな・・・」 秀吉の言葉で体の硬直を解いた、日吉はその手から逃れようと後ろへのけぞる。 その体を秀吉が追う。 「言ったよな?」 「・・・・え?」 「抱いてやろうか、て」 「・・・・・・・」 「その気になるまで通ってやる、て」 「・・・・・・・」 「俺はそう気が長いほうじゃないんだ。その気にならないら、その気にさせてやるまで」 「やっ・・・・・秀吉っ!」 固い、畳の感触が背中にあたる。 それが『抱かれる』という現実を日吉に思い知らせる。 「やだっ・・や・・・・・・やだやだやだやだやだっ!!!」 まるで幼子が駄々を捏ねるように・・・けれど日吉は必死だった。 涙で視界がにじんで・・・・水の中。 必死で叫ぼうとした、その瞬間。 すっと重みがひいた。 「・・・・うつけ殿が妻を貰うそうだな」 「・・・・・・」 横たわった日吉の横であぐらをかいた秀吉がぽつりと落とす。 「あいつはここにも通っていたと聞く・・・・・お前のところだろ。日吉」 「・・・・・・・・・・・・・・」 小さくこくり、と頷いた。 「あいつが好きなのか?」 「え・・・・えぇっ!?」 がばっと身をおこし、日吉は秀吉をのぞきこむ。 「な、何言ってんだよっ!!」 「それで暗くなってたんじゃないのか?」 「・・・・・・違うよっ!」 真っ赤な顔で否定する。 だが、また、しかり。 女のような感情で信長のことを好きだったのかと聞かれたら・・・・それはわからない。 でも。 信長の自由奔放なところが。 遊女だとさげすまない視線が。 ・・・笑顔が。 ・・・・・・・・・好きだった、のかもしれない。 「馬鹿だな、お前は」 「・・・・秀吉に言われたくない」 その気にさせると言って強引に抱こうとして止めた、秀吉には。 「お前だけだ」 「は?」 「他の誰にだって」 こんなに優しくはしてやらないさ。 引き寄せた日吉の耳元で囁いた。 |
<九夜>
<七夜>
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※あとがき※
殿ぴーんちっ!(笑)
うかうかしてると秀吉に奪われます(笑)