(七夜)







ああ
近づく


破滅の日























 強引な信玄公の腕から何とか、誤魔化し茶を濁しつつ逃げ出した日吉。
 今夜の座敷は信長だった。


「よぉ、元気してたか?サル」
 相変わらず気軽に挨拶をして、日吉の頭に触れる。
 その感触にくすぐったい思いを感じながら、背後に連れた見慣れぬ人物たちに目を
 向けた。

「こいつら、俺の客だ。よろしく頼むぜ」
「はい、あの・・・・お名前を伺ってもいいですか?」
「ああ」
 そして信長はにやりと笑って二人を指差す。
「こっちが入道で、あっちがキンカン」
「誰がキンカンですかっ!しかも俺はともかくお館さまに・・・っ!」
「儂は構わんぞ。見るからに入道だしな。お前のキンカンもなかなか似合っとるぞ」
「お館さまっ!」
 そのやりとりに日吉は目を丸くする。
 信長に「キンカン」と呼ばれた人物は見るからに、真面目な武士といった感じで・・
 その「キンカン」に「お館さま」と呼ばれた人物は・・ずっとラフな僧侶の格好をしているが
 醸し出す風格は年季も加わり・・・深い。
 だいたい、信長が客だと呼ぶあたり、すでに只者では無いだろう。

「俺と入道殿は話があるから相手はいい。サルはそっちでキンカンの相手をしてやってくれ」
「は、はい」
「おいっ!」
 素直に頷く日吉に、抗議する『キンカン』
「何だ、せっかくの機会だろうが楽しめよ」
「だ、誰が・・・っ」
「まぁ、お前も暇だろうから好きにしていいぞ」
「お館様っ!」
 そのまま二人は部屋を出て行ってしまう。
 『キンカン』は少々、顔を赤くしたまましばらくその後姿を睨みつけていたが・・・すっと
 日吉を振り向いた。
「・・っ!」
 ぼうと眺めていた日吉は驚いてしまう。
「・・・俺は一人でいい。お前は好きにしていいぞ」
「あ、あの・・・『キンカン』さ・・・」
「俺は『キンカン』などではないっ!」
 すかさず訂正が入る。
「では・・何と・・・・?」
「・・・・光秀、・・・・光秀と呼べ」
「光秀、様・・・ですね。はい、わかりました」
 そして、日吉は信長に言われたとおり、光秀の相手をするために未だ慣れない着物の
 裾を払いながら膳を用意する。
 何も自分からしなくとも、禿にでも命じればいいのにそうしないあたりが日吉なのだろう。
 下働きのときに何重にも重ねられた膳を運ばされ、その辛さを知っているからこそ。
 日吉は人任せにしたくは無かった。
 その間も客に暇をさせないように、声をかけるのも忘れない。
 
「・・・おい」
「はい?」
 遊女らしからぬ、せかせかと動き回る日吉を見ていた光秀がようやく口を開いた。
「いい加減、座らないか?」
「あ・・・そうですね、すみません!」
 退屈させてしまったか・・と勘違いした日吉は慌ててちょこちょこと光秀に寄っていく。




 その裾が見事にからまり・・・・光秀へとダイビング。
 お約束である




「「・・・・・・っ!!!」」
 二人揃って声にならない叫び声をあげた。


「す・・すみませんっ!!」
 いちはやく我にかえった日吉は慌てて跳びのき、頭を下げる。
「い、いや・・・・こっちこそ急に声をかけて悪かった・・・」
 日吉は顔をあげ、光秀を見つめた。
 ・・・照れたように頭をかき、視線をはずす光秀に日吉の口からくすり、と笑いが漏れた。

「・・・何だ?」
「だって・・・光秀さまっていい方ですね」
「は・・・・」
「だって普通のお武家さまなら『無礼な!』てお怒りになるじゃないですか。それに
 優しそうですから・・・・さぞもてるんでしょうね」
 にこにこと日吉は、衒いなく言ってのける。
 ・・・そこに女特有の影は無い。
「お前こそ・・・遊女らしくないな」
「・・よく言われます」
「だが、悪くない」
「・・あ、ありがとうございます・・・」
 面と向かってそんなふうに言われたのは初めてだった。
 ぽぉと初々しく日吉の頬が染まる。

「・・そういえば、お前の名を聞いていなかったな」
「そうでしたっけ?」
「ああ」

「『日吉』と言います。どうぞよろしくお願いいたします」
 三つ指をつき、日吉は深々と頭と下げた。
 シャラシャラと飾りがかすかな音をたてる。

「日吉、か・・・・良い名前だな」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに笑った日吉は本当にその名が気に入っているのだろう。


「可愛いな・・」
 ぽつり、と光秀の口から零れ落ちた言葉。











「・・・・・・・は?」
「・・・・・・・え?」
 言われた日吉も言った光秀も固まった。


(・・・・・俺はいったい何を・・っ!?)
 ・・・・どうやら無意識に言ってしまった言葉らしい。


 そして、あたふたと光秀は次の言葉を捜そうとするが出てこない。
 そんな光秀を見ていた日吉も・・・恥ずかしさに俯いてしまう。

 何とも初々しい二人だった。





























「・・世話になった」
「・・いいえ」
 信長と入道の話も終り、三人を見送りに立った日吉に光秀が真っ先に言葉をかけた。
 それに信長も入道も驚いている。

「・・楽しかった」
「・・あ、俺も・・・です・・・」
 照れて俯いてしまった日吉に光秀が穏やかな視線を向けた。


「・・・・・・・・おい」
 二人の世界を作り出してしまっている、日吉と光秀に、あからさまに不機嫌になった信長は
 低い声を発し、俯いている日吉の顔を強引に向けた。

「あ・・あのっ!?」
 慌てたのは日吉である。
 けれど、信長は何も言わず・・・真っ直ぐに強い視線で日吉を射抜く。
 
 ・・・・身が竦む。


「・・・・信長殿・・っ」
 光秀が、蛇に睨まれた蛙のように固まった日吉を見ていられず、口をはさもうとし・・・
 その瞬間。
 にやり、と信長の顔が歪んだ。


「・・・・・・まだ、みたいだな」
 信長はあっさりと手を離し、日吉はへなへなとその場にしゃがみこんだ。



























 ぽとりと落ちた寒椿。
 雪の上に。

 それは・・・・・・・血のようだった。












<八夜>

<六夜>
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※あとがき※

もしかして今までで一番・・・イイ感じ?(笑)
でも、これで日吉包囲網(・・なんだそれは/笑)は完成です。
・・・たぶん、凄く「これはっっ」という人が出てこなければ(笑)



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