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(六夜)
日吉は暇だった。 とにかく昼間は暇だった。 下働き同然に扱われていたころは昼間こそ掃除に忙しく駆け回っていたが 今や立派・・・かどうかは別として遊女としてそこそこ客が取れるようになった 日吉にはこれといって用事がない。 遊女によっては今こそ自分の容姿に研鑚をつむ時間であるがそんなことに 頓着しない日吉はそれも無い。 ふわぁぁ。 と大あくびをし青い空をながめるだけ。 「失礼いたします」 禿の声に口を閉じた。 障子が開けられる。 「どうしたの?」 「ヒカゲ花魁がお呼びです」 途端に日吉の脳裏を駆け巡るあれやこれやの出来事。 ・・・・・嫌な予感がした。 「・・・・すぐに行きます」 しかしヒカゲより格下の日吉に断る理由は無い。 ヒカゲ自体は好きなのだ。 けれど。 何やらいいおもちゃにされている気がするのは・・・・・・・気のせいか? そして、日吉の悪い予感は見事に的中した。 おずおずと顔を出した日吉にヒカゲは言った。 「今夜はちょっと特別なお客様がいらっしゃるの。日吉も私とお相手してね」 ヒカゲをあげることができるだけでもその人物の重要性と懐具合は相当なものであるのに 日吉まで呼ぶとはただごとではない。 「あ、あの・・・どなたですか?」 「うふふ、いらっしゃるまで秘密よ♪」 「・・・・・・・・・・・」 マジで? 「というわけで、今夜も頑張って着飾りましょうね〜♪」 ・・・・もしかして、それがしたいがために呼んだのでは・・・・・? 日吉の疑問は当たらずとも遠からず。 「それが」ではなく、「それも」したいがために呼んだのだ。 「ヒカゲ太夫、甲斐様がお着きです」 ヒカゲ付きの禿が声をかけた。 びくり、と日吉の身体が震える。 「大丈夫よ、日吉。甲斐様はお顔は少々怖いけれど・・・結構楽しいお方よ♪」 「甲斐、様と仰るんですか?」 「そう、ここではね」 ということは本当の名前では無いということだ。 「「「殿っ!!我らもご一緒にっ!!」」」 ふと思考をめぐらせていた日吉の耳に騒々しい怒声が聞こえてくる。 どたどたと音もする。 「良い、俺一人で。お前たちは控えておれ」 「「「しかし殿っ!!!!!」」」 「俺の言うことが聞けないのか?」 「「「御意っ!!!」」」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・体育会系? 関わりあうのを極力避けたいような一行。 信じたくないことに・・・・・・・それはこの部屋へ近づいている。 まさか。 まさか・・・・・・・・。 日吉はヒカゲを見上げた。 「うふv」 ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・。 うわぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!! 顔をひきつらせ、心の中で絶叫した日吉だった。 パシンッ! 襖が勢いよく開けられる。 姿をあらわしたのは、「威風堂々」という言葉が見事に似合う侍。 ・・・・・・・人相はヒカゲの言う通りあまり良くない。 が、それはきっと怒ったような顔をしているせいで、笑うと・・・・・・・たぶん・・・・・ 優しい顔になる。 「久方ぶりだな、ヒカゲ花魁」 「ながのご無沙汰、ご壮健ならばこそ。嬉しゅうございます」 花魁なればこそ髪に豪奢で重い簪をつけたヒカゲは深く頭をさげることは出来ない。 それでもできうるかぎり、それを低くし飾りをしゃらしゃらと鳴らした。 「うむ。・・・・で、それは誰だ?新しい禿か?」 つと、日吉に視線が注がれる。 「うちの新しい太夫、『日吉』と申します。どうぞご贔屓に」 ・・・・・・・・・た、太夫っ!? ヒカゲの言葉に動揺する日吉。 日吉は自分が太夫になった覚えはさらさらない。 ぎょっとしてヒカゲを見ると・・・・ただ、にこにこと笑うばかり。 「今うちの一番の売れっ娘ですのよ」 「・・・・・・・・・これが、か?」 信じられないという思いが言外に含まれる。 日吉も自分で信じられないのだから、さもあらん。 「ふふふ、最初は皆様そう仰られます。でも・・・・・甲斐様もお気に召されると思いますわ」 「それは予知か?」 「ただの想像です。・・・かなり確かな」 甲斐の言葉にヒカゲはあっさりとかえす。 「俺はそれほど女に興味はない。お前を贔屓にしているのは予知能力が役に立つからだ」 「まぁ、正直ものですね」 全くである。 このヒカゲに正面きってその能力だけが目的なのだとはっきり言える男が果たして何人 いるだろう? 「・・・では、今日もそのご用事でいらっしゃいましたの?」 「無論のこと」 ヒカゲは甲斐の言葉を聞くと、視線で禿をさげさせる。 日吉はそれに続いて自分も・・・と腰をあげようとしたところへヒカゲの手がのびた。 「日吉はここに居てちょうだい」 「え・・・・でも・・・」 「部外者は不要だ」 日吉としても部外者になっておきたい。 「日吉は必要なんです。とても」 だが、日吉の願いもむなしく、ヒカゲは口元に手をあて、ふふっと笑う。 (おーいーらーんーーーっ!!!!!!) 本日、いったい何度目になるのか、数えるのも馬鹿らしいが日吉は心から叫んだ。 「・・・・・それも予知か?」 「ええ、今度は」 甲斐はしばらく黙り・・・・・そして口を開いた。 「ならば、問う。ヒカゲよ」 「はい」 「我が・・・・・・・武田家の未来は?」 (・・・・・『武田』?) それが、この”甲斐”と呼ばれる男の本名なのか・・・・。 だが、どこかで聞いたような・・・ (武田・・・武田・・・・・・・武田・・・・・・・・甲斐・・・・・・・・・・) 「・・・・・・・・っ!?」 日吉の頭の中でぐるぐると回っていた単語が一つに繋がった。 武田で甲斐。 ・・・とすれば一つしかない。 (・・・・・武田信玄っ!!!???) とんでもない大物が現れたものである。 信長にも大概驚かされたが、その上をいく。 「どうしてもお知りになりたいのですか?」 「ああ、聞きたい」 「では、・・・・・・・・・・・・・言いましょう」 「武田は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・滅びます」 人も、物も、空気も・・・・・・・・・・・全てが固まった。 とんでもない事態に日吉の額から冷や汗が流れる。 ヒカゲに視線を向け、信玄に流す・・・・・・・ 「・・・・・・っ!?」 その視線がかっちりと噛みあった。 (・・・・・・・目・・・・目がヤバイですぅぅぅっっっ) 表面上は静かに構えているものの、その内面は熱く激しい炎が渦巻いている。 それが『武田信玄』 その男が・・・・・・ヒカゲと自分を『始末するべきか』と考えている。 そんな目。 ・・・・・逸らしたくても逸らせない。 逸らせば間違いなく・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺される。 「『甲斐』さま。お間違えなきよう」 「・・・・なに?」 ヒカゲが静かに言葉を紡ぐ。 「ここは夢。現とは別世界。夢を現に持ち込んではなりませんように現のことも夢には 持ち込んではなりません」 それがこの世界の約束ごと。 「・・・・・なるほど」 もう一度、なるほど・・と呟いた信玄の口元が・・・・弧状に歪み、視線が日吉を貫いた。 「・・・そいつを同席させたのは意味が無いわけではなかろう。お前の予知は常に正しきことを 言い当ててきた。ならば此度のことも間違いなかろう。だが・・・・抜け道が無いわけでも ないというわけか・・・」 日吉には信玄の言葉の意味がわからない。 だが、ヒカゲは静かに微笑んでいる。 「通ってやろう、お前のところへ」 信玄は言った。 ヒカゲに・・・・・ではなく、日吉に。 「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 「どうやら武田家の未来にはお前が深く関わっているらしい」 「・・・・・・え・・・・・・・・・・・いや・・・・・・・はぁ?」 「とぼけても無駄だ。逃がさぬから覚悟しろ」 「・・・・っ!?」 逃がさぬって逃がさぬって・・・・ 覚悟しろって覚悟しろって・・・・・ 信玄の言葉は日吉の脳裏にリフレインする。 白濁しそうな意識を慌てて掴み、ヒカゲのほうを見ると。 すでにそこには。 誰も居なかった。 マジ、ですか? |
<七夜>
<五夜>
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※あとがき※
本当にな(笑)
6巻を読んで、新たなる強力な日吉の相手として
信玄さまを大プッシュ!(笑)
『犯し掠める』
何て素敵なセリフでしょう・・vv