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(五夜)
今日も、朝から雪が降っていた。 どうも今年は例年と比べてわずかに気温が低いせいか、雪が多い。 そして、日吉は冷えた廊下をヒカゲ花魁の部屋へと歩いていた。 まだ昼ということで、日吉は襦袢に半纏をまとった簡素な装いである。 「・・・花魁」 部屋まで来た日吉は障子の外から声をかける。 見世で一番の売れっ子のヒカゲは眠りにつくのも遅く、3、4時まで起きていることも 少なくない。 だから、昼とは言え寝ていれば悪いと思って・・・かける声も遠慮がちだった。 普段ならもっと遅い時間になって日吉だって尋ねる。 それくらいの常識はある。 しかし・・・当のヒカゲから昨夜、日吉付きの禿が伝言を受け取った。 『時間が空いたら部屋まで着て欲しい』と。 けれど、昨夜は信長が来ていて・・・日吉は部屋を離れることが出来なかった。 そして、朝。 つい先ほど、日吉は禿から伝言を受け取ったのだった。 「あら、日吉?どうぞお入りなさい」 だが、予想に反してはっきりした声が部屋の中からかえる。 「失礼します」 「よく来たわね、寒いから早くこっちにいらっしゃい」 心配して損をしたと思われるほど、ヒカゲは元気に満ち溢れていた。 「すいません・・こんな時間に」 「ああ、そんなこと気にしなくていいのよ。一日や二日寝なくても私は全然平気なんだから」 ・・・・・バケモノかい? いったいどんな体力をしているのか・・・と恐ろし・・いやいや、不思議に思いつつ 日吉はひきつった笑いをかえした。 「あの、禿から伝言を受け取ったんですが」 「そうそう♪よく来てくれたわね。丁度良かったわ。単刀直入に聞くけど・・・・・・ バレたの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」 しばし、固まってしまう日吉。 「ほら・・・、ここの所・・信長様も若旦那も・・・あの日野ていうお侍もあなたを頻繁に お召しでしょう?もう誰かに抱かれたのかしら、と」 「だ・・・・・・・・・・・だか・・・・・・・っ!?」 まるでヒカゲの部屋の隅に置かれた金魚鉢の中の金魚のように日吉はぱくぱくと 口を開けたり閉めたりと忙しい。 「その様子だとまだみたいね」 ヒカゲは困ったように笑った。 「そうじゃないかとは思ってたんだけど・・・はぁ」 「あ・・・あの・・・・っ」 「・・・で、誰に一番最初に抱かれるかは決めたの?」 「い・・いち・・・・・・一番っ!?」 度重なるヒカゲの爆弾発言に日吉の脳は沸騰寸前だった。 「もう日吉ったら初心なんだから」 ヒカゲは口元を押さえて、ふふふと笑った。 その様は大輪の牡丹が咲き誇るように美しい様なのだが・・・・・素直に見惚れる ことが出来ないとは・・・。 「やっぱり一番は信長様かしらねぇ・・・でも日野様もちょっと強引で押しが強そうだし・・・ 若旦那もちょっと見た感じは軽そうだけど、意外と頼りがいがあるし・・・あなたの旦那には 誰が適任かしら?」 「・・・・・ヒカゲ花魁・・・」 何だかとてつもなく楽しそうなヒカゲに日吉はがっくりと肩を落とした。 「でも、日吉」 「はい?」 「いつまでもこのままと言う訳にもいかないでしょう?あなたの・・・・・秘密も」 「・・・・・・・・・・」 「日吉は誰なら安心してまかせられると思う?」 あなたの秘密を教えてもいいと・・・・。 「はぁ・・・・」 部屋に戻った日吉はヒカゲの言葉を繰り返し頭に浮かんべていた。 『いつまでもこのままでは・・・・』 確かにヒカゲの言う通りなのだ。 わかっている。 でも・・・・・。 『誰が・・・・』 いったい誰に話せると言うのだろう? ・・・この忌まわしい自分の体のことを。 この体が原因で・・・・ここまで落ちてきた自分のことを。 日吉の表情が曇っていく。 これから客を迎えなければいけないというのに・・・・気分は最悪だった。 「何を生意気に溜息なんぞついてやがる」 「・・・・っ!?信長様っ!!」 日吉は飛び上がる。 「おう、来たぞ」 「い、いつっ!?」 「今だが・・・何だ?俺が来ちゃぁ悪ぃのか?」 「い、いいえっ!!」 むっと眉をひそめた信長に慌てて日吉は首を横に振った。 信長が今日、来ることは事前にわかっていたけれど、これほどに早くに来るとは思っても いなかったのだ。 あたふたと日吉は部屋を片付ける。 「・・おい、サル」 「は、はいっ!?」 そんな日吉を眺めていた信長が声をかけた。 「いいから、こっちに来い」 「・・・はい」 ぽんぽん、と信長が隣の畳を叩く。 どうやら、そこへ座れということらしい。 日吉は相変わらず慣れない着物の裾を踏みつつ、そこへちょこんとおさまった。 「・・・で、何を溜息なんぞついてやがったんだ?」 隣から覗き込むように信長が尋ねてきた。 ・・・正面じゃなく、隣だという近さに日吉の心臓が跳ねた。 「あ・・・あの・・・その・・・っ」 何だか、頭の中がぐるぐるして・・・何をどう答えていいかわからない。 「あの・・・・何でもっ・・・・無い、です」 ぴくんっと信長の眉が動いた。 信長が不機嫌になったことが空気でわかる。 けれど言い出せるわけが無い。 ・・・・ヒカゲ花魁に誰を旦那にするのか聞かれて困っていた、などと・・・・・ 「ふん、まぁいいけどな・・・」 意外にあっさりと引いた信長に日吉はほっと胸をなでおろした。 ・・・・が。 「サル、お前・・・いくつになる?」 「えーと・・・・14です」 「14か・・・のわりに小さいな」 「これから成長するんですっ!」 小さな体は少なからず、日吉のコンプレックスだった。 「そうか・・・」 何故か、いつもより静かな信長は腕を組み、日吉に視線を流す。 「女将がな・・・」 「はい?」 「俺にお前の旦那になってくれないかと言ってきた」 「・・・・・・・。・・・・・・・・・・」 マジですか? (女将さんっ!!何考えてるんですかっ!!!!) 心の中で叫んだ日吉は、ぽかんと口を開けて信長を見上げている。 女将は日吉の体のことを知っている。 知っていながら・・・・・ (そんなこと言うなんてっ!?もし信長様の不興をかったらただでは済まないんですよ!? いったいどうしてそんなことをぉぉぉぉっっっ!!!!???) 「・・・・そんなに嫌かよ・・・」 黙ったままの日吉に勘違いした信長が、湯のみに口をつける。 「・・・・・あ、いえ、嫌とか・・・・そんなじゃ無いんですけど・・・・」 「だったら俺が旦那でいいのか?」 「あ・・いや・・その・・・」 よくない・・・というか困る。 (ど・・・どうしたらいいんだよぉぉぉぉっっっ!!!!) 「まぁ、なるとしてももう少し先だな」 「・・・はい?」 ことり、と無防備に首を傾げた日吉に信長は内心苦笑する。 ・・・・何でもかんでも顔に出てしまう日吉の心情は信長には手にとるようにわかった。 ・・・・自分の言葉に日吉が困っていることも。 「今のサルじゃぁ、小さすぎるからな」 「・・・・・・っ小さくてすみませんっ!!」 「・・なら、するか?」 「・・・っ!?」 不意に・・・端整な顔を近づけられて日吉はその場で固まった。 そんな日吉に構うことなく、信長の顔は近づき・・・・・日吉の唇に口づけた。 日吉はぎゅっと眼をつむる。 「冗談だ。こんな接吻程度に固まりやがってたら当分、先のことだな」 眼を開けた日吉の視線の先に映ったのは、悪戯が成功したときの童子のような笑いを 浮かべた信長の顔。 「・・・・・の、信長様っ!!」 顔を茹蛸のように赤くして、日吉は・・・ぎゅっと信長の着物の裾を掴んでいた。 ずっと・・・このままで・・・・・・・・・・・。 それを望むのは罪だろうか? |
<六夜>
<四夜>
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※あとがき※
何とも煮え切らない五夜でした(笑)
日吉の秘密は・・もう少々先までおあずけです。
いえ、何しろ日吉の秘密がバレる時は旦那が誰か
決まったときなもので・・・どうしようかなぁ、と・・(おいっ)
まだ、はっきりと心を決めていない御華門なのでした(^^ゞ