(四夜)






毎朝、毎晩覗く遊女の鏡。
それは偽りに隠れた真実の心を映し出す。

そうして漏らす吐息は


夢か現か・・・・































「日吉、あんた一人で出かけたかい?」
「は?」
 突然、部屋にやって来た女将に尋ねられ・・・日吉は首を傾げた。
 何しろ最近の日吉は共の一人でもつけなければ決してここから外出させてはもらえ
 なくなっていたのだから。
 女将もそれはよく知っているはずである。
「今日、あんたを見かけたって客の一人が言うものだから・・・」
「いいえ。どこにも行ってませんけど?それに・・・・」
 今日は信長がやって来る日である。
 先日来たときに日吉に見せたいものがあると約束して帰ったのだ。
 客と遊女の『約束』などあてにはなりはしない。
 けれど。
 今まで信長は日吉とした約束を破ったことは無かった。
 そのため、日吉は昼過ぎからヒカゲ花魁につかまり外出などしよう暇も無かったのだ。
「まぁ、それだけ綺麗に飾って外出なんざ出来るものでもないとは思ったんだけどねぇ・・
 ・・・・気のせいだったんだろう」
 女将は自分に言い聞かせると、日吉に「おきばりや」と声をかけて出て行った。



 それから二日後のこと。



 いつものように遊女たちが格子から客を呼んでいた。
「お兄さん〜」
「もうどの娘にするか決めたかい?」
「まだなら、うちへお寄りなよ〜」
 刀を差した後ろ姿に声をかける。
 それなりにいい着物を着ている・・・貧乏侍では無いだろう。

 そして、男は振り向いた。


「「「「・・・・・っ!!日吉っ!!??」」」」
 格子中から声があがった。

「日吉っ!そんなところで、そんな格好して何やってんだいっ!?」
「お母さんに見つかったら怒られるよっ!」
 遊女たちが心配してこっちへこっちへと招き寄せる。
「・・・?」
 だが、日吉は怪訝な顔で再び歩きはじめた。
「ちょっと!!」
「お母さーんっ!!」
「日吉が大変よっ!!」
 遊女たちの騒々しい様子に女将が奥から顔を出してくる。
「いったい何だい?そんなにけたたましく騒ぐものじゃないよ」
「だって日吉がっ!」
「日吉がどうしたんだい?日吉なら座敷へ・・・」
 先ほど会ってきたばかりだ。
 ・・・・・が。
 女将が遊女たちが指差す先に見たものは。

「・・・・日吉!?」
 女将が目を見開く。
 そこには、どう見ても日吉としか思えない人間が立っていた。
 
 女将は草履を履くと、その人物に向かって駆け出し、がしっと腕を掴み。
 ・・・・・離してなるものかとばかりに。

「日吉っ!!」
「・・・・いったい何なんだ?」
 女将をじろりと見下ろした日吉・・・いや、日吉にそっくりな人物は疲れたように溜息をはく。
「先ほどから日吉、日吉と・・・・俺はそんな名前では無い」
「・・・・日吉・・・・・・・・・・・じゃない?」
 そう、近づいてよく見れば何かが違う。
 声だって日吉に比べれば低いし、骨格もどことなくしっかりとしている。
 顔立ちも・・・似ているがこちらのほうが男らしい。
 ましてや、醸し出す雰囲気が全く逆だ。
「・・・あんた、生き別れの兄妹でもいるかい?」
 女将は思わずそう尋ねてしまった。
「はぁ?」
「ちょっと来ておくれっ!」
「ちょ・・・ちょっと待てよ!いったいさっきから何なんだ?俺は用事がある。わけのわからない
 ことで足止めされるいわれはない」
 日吉にそっくりな人物は女将の手を払う。
 周囲はこの騒ぎで人が集まりはじめていた。
 いったいどんな見ものがはじまったのか、と遊びに来たことも忘れて野次馬になる。
「ああ、申し訳ありませんお侍さま。私としたことが・・・。いえねぇ、うちにあなた様とそっくり
 の娘がおりましてね・・・・その娘と間違えてしまったんですよ」
「俺にそっくり?・・・それがさっきから言ってる『日吉』て名前なのか?」
「ええ、そうなんですよ。本当に・・・瓜二つで」
「ほぉ、そんなに似ているのか?」
「そっくりでございます」
 男が顎に手を当てた。
 思案顔になり、天を見上げる。

 空はどんよりと曇り、今にも雪が落ちてきそうである。


「・・・・見てみたいな、その娘」
 男は女将に笑いかけた。
「俺の名は日野秀吉。松下加兵衛さまにお仕えしている」
 その言葉に女将は男を日吉に会わせることに決めた。
 松下加兵衛といえば今川の有力な武将である。
 何故、その配下の侍が織田の領内に居るのかは不明だったが取り入って損はない。

「では、ご案内いたします」



























「すみません、女将さん。お呼びだって聞いてきました」
 女将の部屋の外から日吉の声がかかった。
「ああ、お入り」
 日吉は失礼します、と声をかけ、ゆっくりと障子を開く。
 少し前なら声をかけるまでは同じでも、あまりに勢いよく障子を開けて女将に怒声の
 一つでも貰っているところだろう。
 ・・・・少しは遊女としての自覚が出てきたのだろうか?

「ふーん、こいつが俺とそっくりだっていう奴か」
 てっきり女将一人だと思っていた部屋に別の声が日吉の耳に届く。
 驚いて下げていた頭を反射的にあげた日吉の目の前には・・・・・自分の顔が。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺?」
「まったく・・・馬鹿だねぇ、何を言ってるんだい」
 女将は自分が間違えたことは棚にあげ、見事にボケをかました日吉を呆れたように
 見つめた。
「で・・・・だ、だって・・・・・っ!!」
「ふーん・・・・まぁ、似てるといやぁ似てるかもな・・・・・けど、俺はこんなふにゃんとした
 顔をしちゃあいないけどな」
「ふにゃんっ・・・?」
「そう、天下泰平・・・て顔」
 自分にそっくりな顔に指差される日吉。


 むかっ!


「何だよっ!お前だって・・・目つき悪いっ!!」
 きっと睨みつける日吉。
「こら、日吉。お客様に何て口の聞き方だい」
「え?客??・・・誰が?」
「俺に決まってるだろうが」
「・・・・・・・・。・・・・・・」
「何だ、その疑わしい目は?」
「・・・・・俺の客ってこと?」
「その通り。金ならあるぞ」
「あったってお断りだ!」
 あっかんべーっと舌を出す日吉。
 ・・・・いったいいくつになったのだろう・・・・
「へぇ・・・・・遊女のくせに負けん気は強いんだな」
 日野はにやり、と笑って日吉の顎を掴んだ。
「・・・・・何だよ」
「気に入った」
「まぁまぁ、それは重畳。日吉、日野さまをお部屋にご案内しなさい」
 嫌だ・・・・と反射的に返そうとした口を慌てて閉じる。
 いくら日吉がそう言ったとしてもここは聞き入れて貰える場所ではないのだ。
 遊女らしくない遊女でも・・・・それくらいわかっている。

「・・・ついて来いよ」
 ただ、どうしても口調は不承不承に何時にも増して乱暴になる。
 だが、そんな日吉に日野は不機嫌になるどころか余計に笑みを深くして日吉の後に
 ついて歩くのだった。





 ぎしっぎしっと廊下が鳴る。
 

「あ・・・」
「ああ、雪が降り出したな。そろそろくると思っていた」
 同時に空を見上げた日吉と日野は白いものが天から落ちてくるのを目にする。



 白い雪。
 地上に落ちれば解けて消える。
 それはまるで穢れることを嫌うように・・・・潔い。





「ここだよ」
 日吉は憮然とした口調のまま、自分の部屋の障子を引いた。
「ほぉ・・・結構いい部屋だな。世間には物好きが多いっていうことか・・・」
「・・・何が言いたいんだよ・・・」
「別に・・・それより寒いな」
「・・・・・・。・・・・」
 日吉は溜息をつきつつ、火鉢を寄せる。
 先ほどまで使っていたため十分に暖かい。
 日野は火鉢とともに差し出された座布団に腰を落とす。
 刀は腰から外すが、脇からは離さない。
 

 (・・・信長様と一緒だ・・・)

 遊ぶ場所でも決して気を抜かない。
 それはこの時代の武士として当然のことなのかもしれない。
 ・・・・けれど、疲れはしないだろうか。
 安心できる場所は無いのだろうか。

「何だ?この刀が何か?」
 じっと刀に視線を注いでいた日吉に日野が声をかけた。
「え・・・あ・・・・ううんっ!」
 はっと我にかえった日吉は慌てて頭を振り、勤めを思い出す。
「酒か何かいる?」
「・・・いや、茶でいい。あるだろ?」
「うん」
 日吉は戸棚から常備されている茶葉と急須を出して、ただたどしい手つきで
 茶を入れる。
 それをじっと見つめる日野。
 
「はい・・・え、と・・・・・日野・・・さま?」
 女将がそう呼んでいたことを思い出して湯のみを差し出す。
「秀吉でいい」
「秀吉、さま?」
「さま、はいらない。同じ顔にさま、なんてつけられても面白くも何ともないからな」
「・・・・似てないって言ったくせに」
「ああ、似てないさ。でも似てる」
「・・・・どっちなんだよ!」
 矛盾した発言をする日野に日吉のおさまっていた怒りが再燃する。
「お前はどう思う?」
「お前じゃない。日吉」
 仕返しとばかりに、言い返す日吉。
「それなら、どう思う、日吉?」
「・・・・・・顔は・・・・・」
 日吉はじっと見つめる。
「・・・似てる、ような気がする・・・・・・・けど」
「けど?」
 見れば見るほど・・・・何かが違う・・・似てなんかいないと思えてくる。
「・・・・似てない」
「な、俺と同じだろ」
「・・・・・・・」
 
 (・・・・何か悔しい・・・・)


「くくくっ・・・お前ってほんと遊女らしくないな」
「余計なお世話だよっ!」
「・・・・まだ、男を知らないだろ?日吉」
「な・・・・・・っか・・・・・関係ないだろっ!!」
 ぶわっと顔を真っ赤にして日野から顔を背ける日吉。
 その行動が何よりも日野の言葉を肯定していた。




「・・・・抱いてやろうか?」





 とさっ、と屋根から雪が落ちた。


「・・・冗談」
「・・・じゃ無いんだよ」
 日野が日吉ににじり寄る。
 口調の軽さに反して射るような日野の眼差しに日吉は体が動かない。


「うん、て言えよ」
 強い力で腕をつかまれる。


「・・・・・・・・・や」
 喉がかすれて声が出ない。
 日吉の喉がこくり、と動く。



「・・・い、・・・や・・・・・・・・・・・嫌・・・・だっ!」

 そして、唐突に部屋の空気が軽くなった。
 日野が日吉の腕を解く。






「・・・・そうか」
「・・・・秀吉?」
 
「なら、通ってやるさ。お前がうんと言うまでな」
「・・・・・・・っ!?」
 一度きりの客だと思っていた。
 ただ、自分と似ているという物珍しさに寄っただけなのだと・・・。



「忘れるなよ」
「・・・・・・」
 今まで誰にも感じたことのないような威圧感。
 日吉は頷くことの出来ないまま、目を見開いていた。


























 





 自分には誰にも言えない秘密がある。
 ・・・・・・いつまで隠しておくことが出来るのだろうか。



















<五夜>

<三夜>
******************************
※あとがき※

予告通り、日野登場ですっ!(≧▽≦)
危うく日吉をそのままいただかれそうになるのを
何とかしのぎました(笑)
次回からは三人一緒に登場したりするんでしょうかねぇ・・・
うーむ・・・困った困った・・・(おいっ)



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