(三夜)







 信長が日吉を指名し、常連客となると日吉は上にも下にも置かない扱いになった。
 寝起きしていた場所は相部屋から特上の一人部屋になり、下働きは一切無くなり、
 食事も豪勢になった。
 身の回りの世話をする禿までつけられた。

 そして、日吉は別の意味で忙しくなった。
 格子に顔を出しはしないものの、あの『信長』が見初めたということでその姿を
 一目たりとも見てみたいという客が引きもきらなくなったのだ。
 もちろんこれほどの騒ぎになればさすがに鈍い日吉も自分を贔屓にしてくれた信長が
 『尾張のうつけ』と呼ばれるあの『信長』であることに気づかないわけもない。
 通りでどこかで聞いたような気がしたのだと、深く納得したものの、次には不安になる。
 その『うつけ殿』がどうして自分などを贔屓にしてくれる気になったのか。
 ・・・・しかも遊女としての勤めを果たしもせず・・・・。


 そんなことをツラツラと考えながら窓から下を見る。
 この特上の・・・ここでは桂花の間と呼ばれている・・・・部屋は川に沿って作られていて
 冬である今、川の両脇は雪化粧が施されていた。

 ふー・・と吐いた息が白く大気に溶けていく。











 べしゃっ。





「・・・・・っっ!!???」
 何が起こったのか一瞬わからず、目をぱちくりと瞬かせた日吉の顔から雪の塊が
 滑り落ちていった。

「ぷっ・・・何、鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがんだよ!」
「・・・・・五右衛門っ!?」
 下からの声に見下ろせばそこには雪の塊を片手に五右衛門がにやりと笑みを浮かべていた。
「よっ、久しぶり!」
 そう、確かに五右衛門と会うのは1ヶ月ぶりだった。
 日吉の客だったわけではない。
 何しろ日吉は信長に指名されるまで客など取ったことがなかったのだから。
 むしろその反対。
 日吉のほうが五右衛門の客だったのだ。

 五右衛門はこの界隈では知る人ぞ知る、そば屋なのだ。
 夜に屋台でふらりと出没し、夜明けには煙のように消えていく。
 昼間はいったい何をしているのかおおいに疑問の残るところではあったが、そのそばは
 文句なく美味かった。
 しかも安い。
 給金が無いに等しかった日吉にとってはありがた〜い食事処だったというわけだ。
 その五右衛門は、一ヶ月ほど前。
 堺のほうに仕入れがあると行って、ぷつりと音信不通になった。
 帰って来ないとは言っていなかったので、いつかは帰ってくるのだろうと思っていたの
 だが・・・・・。


「えらく出世したらしいな、日吉」
 再び考え出した日吉に五右衛門が声をかける。
「え・・・て、そんなでもないけど・・・・いつ帰ってきたのさ!教えてくれたっていいじゃんっ!」
「つい今しがた帰ってきたんだぜ。いの一番にお前に会いに来たってわけだ」
「は・・・・?」
「久々に顔を出してみると、『日吉』の噂でこのあたりもちきりじゃねぇか。驚いたね。
 あの給金もろくに貰ってなかった日吉が、まさかたった一ヶ月でそこまで出世するとは
 思いもしなかった。もしかしたら別の「日吉」が居るのかな・・・て顔を出してみたら
 綺麗に着飾ったお前が呆けた顔で外を眺めてやがるから、ちょっとぶつけてみたのさ」
「ちょっと?かなり痛かったけど」
 ぶすっと袖で濡れた顔を拭きながら日吉は五右衛門に舌を出してみせる。
 そんな日吉を見ながら五右衛門は内心、ほっと息を吐く。
 

 女は男を知ると変わる。


 ・・・だが、日吉は外見が変化しただけで中身は一ヶ月前と同じままだった。

「・・・久しぶりに五右衛門のそば、食いに行きたいなぁ・・・・」
 日吉はぽつりと呟く。
 一ヶ月前の日吉だったならばそれは容易い願いだっただろう。
 しかし、今の日吉は一人で置屋を出ることもできない。
 まして深夜にそばなど食べに行けるはずがない。



「持って来てやるよ」
「・・・え」
「久しぶりだしな、出血大サービスだ!・・・・ただし」
「ただし?」
「値段は一文たりとまけねぇ!」
「・・・・・・ぷっ」
 二人は同時に笑い出した。

 













 夕日が沈み、牡丹燈籠がこの界隈を照らしはじめる時刻。
 日吉は五右衛門がやって来るのが待ち遠しくて格子には出ないものの、その奥の部屋
 からそっと外をうかがっていた。

 ―――――赤と黒で色を塗られたあの派手な屋台で来るのだろうか?

 それを引っ張り、現れる五右衛門の姿を想像して、日吉は噴出しそうになるのを必死で
 我慢していた。
 
「日吉、今日は信長様は来られないというのにいやにご機嫌だねぇ」
 女将が呆れたようにそんな日吉に声をかけた。
「そうですか?」
「ああ、何かいいことでもあったのかい?」
 いいこと?
 ・・・・確かにいいことかもしれない。
 一ヶ月ぶりに五右衛門のそばに舌鼓を打てるのだから。
「まぁ、お前は今日は休みだからいいけどねぇ・・・こんなところに居て何が面白いのか・・・」

 そこでざわっと格子が騒がしくなった。
 『色めき立つ』という表現がふさわしく。


「ごめんよ〜」
 そんな掛け声とともに入り口を潜ったのは・・・・五右衛門だった。
 いつものそば屋の格好ではなく、どこか商家の息子のような姿で。


「五右衛門っ!」
「おや、若旦那」

「・・・・・・・え?」
 五右衛門に駆け寄ろうとした日吉は背後からの女将の驚く声に動きを止めた。

 ―――――・・・・『若旦那』・・・??
 ・・・・ダレが?
 
 五右衛門の後ろに他に人は居ない。
 ならば女将の声は・・・・。
 
 日吉の視線が五右衛門に戻る。


「ったく、ここの女将は口が軽くて困るぜ」
 五右衛門が固まる日吉に片目をつぶりつつ、上にあがってくる。
「若旦那こそ、珍しいじゃありませんか、こんな時刻に。来るならもっと遅い時刻でしょうに」
「ちょっと約束があったんだよ・・・な、日吉?」
「う・・・え・・・・うん・・・・」
 日吉の頭の中は混乱中でそれしか返事をかえせない。
「まぁ、日吉ったらいつのまに若旦那にまで見初められてたんだい。まったく油断も隙も
 ありゃしない」
「み・・・・・・みみみみみ・・・・」
 日吉の視線があたふたと五右衛門と女将の間を行き来する。
 五右衛門はただ日吉にそばを届けに来てくれただけなのに、自分のせいであらぬ
 疑いをかけられては大変だ。
 ・・・・と鈍い日吉は焦った。

「ち・・ちが・・っ」
 違うんですっ!・・・と伝えようとした口は五右衛門の大きな手で一瞬早く、閉じられて
 しまった。
「んぐっ」
「ああ、俺はこれでもどっかのうつけ殿よりはよっぽど早く日吉に目ぇつけてたんだぜ。
 これからゆっくりくどくつもりだったんだけどな・・・どうやらそうもいかなくなってきた
 みたいなんで正面から来てみたってぇわけだ」
「まぁ、それは有難いこと!日吉もまんざらでも無い様子でございますし、どうぞごゆっくり
 お過ごしくださいね、若旦那」
「ありがとよ・・んじゃ、行くぜ、日吉」
 何がどうしてどうなったんだーっ!!!という日吉の内心の叫びも届かず五右衛門は
 まるで自分の家のように間違うことなく日吉の部屋・・桂花の間まで辿り付く。


「お前の部屋、ここだよな?」
「・・・う、うん」
「まぁ、座れ」
「・・・・・うん」
 ここは自分の部屋なのだが・・・・何故か客に座ることを進められながら日吉は尋ねる
 ことも出来ず、素直に腰をおろした。

「さてと・・・約束のそばな・・・」
 五右衛門はそう言うと服の裾に手を突っ込む。
「・・・・???・・・・っ!?」
「ほい、食えよ」
 袖から出てきた手の上にのっていたのは紛うことなく・・・・そば。
 ほかほかの湯気を立てたそばだった。

「な・・・・・・どこにしまってんだよっ!」
「仕方ねぇだろ、この格好で屋台引いてくるわけにもいかなかったんだからよ」
「それも面白くて良かったのに」
「日吉っ!・・・・・てまぁ怒るとこだが、お前がそうしろって言うなら今度からそうしてやっても
 いいぜ?」
「・・・・・・『今度』?」
「何だ、俺のそばはもう食いたくないってのか?」
「食いたいっ!」
 即効である。
「ははははっ、ま、いいから。それ食っちまえよ」
「うん、ありがと。いただきますっ!」
 五右衛門に手を合わせると、日吉は器を抱えた。
 鼻を寄せると久しぶりに匂う、美味しい汁の香り。
 箸を手にとり、そばを口へ運ぶ。
 
 ―――――ああ・・一ヶ月前と変わらない。

 なつかしい舌触り。

「おいしい・・・」
「当たり前だろうが、不味いもんなんか食う価値もない」
「五右衛門の味だ」
「お・・・おう・・・」
 にこりと笑って言われた台詞に五右衛門は一人、深読みして照れる。
 その間もつるつると日吉は食べる。
「お前も相変わらずな食い方だなぁ」
 確かに男みたいにずるずるっと勢いよく食べろとは言わないが、もう少しこう・・・
「だって、そんな風に食べたらせっかく五右衛門が作ってくれたそばとか汁とか飛んで
 しまうかもしれないだろ?オレ、ちゃんと食べたいから」
「・・・・・・。・・・・・ったく、叶わねぇぜお前には」
 さらりと無意識の口説き文句。
 
 ――――――性質悪ぃ・・・

「ん?」
 思わず顔を手に当て、伏せてしまった五右衛門に日吉が顔をあげる。
 口許に汁がついて、まるで童のようである。
 これで本当に遊女などやっていられるのか、と甚だ不思議な胸中の五右衛門。
 ・・・・だが、そんなところも気に入っていたりするのだ。

「なぁ・・」
「何だ?」
「お前、うつけ殿とはもうやったのか?」
「??何を?」
「・・・・・・。・・・・・」
 マジボケである。
「あのなぁ・・・やるって言ったら一つしか無ぇだろうが・・・・寝たのかって聞いてんの」
「ね・・・・・・ねねねねね・・・寝た・・・・って・・・そんな・・・・」
 日吉の顔がみるみる赤くなっていく。
「『そんな』?」
「そそそそ・・・・・そんな・・・・・そんなの・・・・五右衛門に関係ないだろっ!」
「いいや、関係あるね」
「どうして!?」
「まだなら俺にだってお前の『旦那』になる権利があるだろう?」
 もし、日吉で無ければ信長にあげられたと聞いた時点ですでに床入りは済ませてしまった
 のだろうと諦めただろうが・・・・日吉なら、あるいは、と思ったのだ。
「旦那・・・て・・・・五右衛門が?」
 こくりと頷く。
「俺の?」
「そう、お前の」
「・・・・・はははっもうっ五右衛門ったら冗談ばっか!」
「それが冗談じゃねぇんだよな。俺を選んでくれるなら俺はお前の・・・日吉の旦那に
 なりたい。言っておくが本気だからな」
「・・・・・・。・・・・・・」
「今すぐに返事をしろとは言わない」
 五右衛門はそっと日吉に近づき、顔に触れた。
「考えておいてくれ」

 いつも冗談ばかり言って日吉を笑わせる五右衛門。
 けれど今。
 その眼差しはどこまでも真っ直ぐに真剣だった。

 日吉は小さく、頷いた。
 

「そんじゃ、これは約束の代わりにいただいとくな」
 え・・・何が、と日吉が思ったのは一瞬で・・・・・・。

 五右衛門の唇が日吉のそれに重なっていた。























 どんよりと曇った空からちらほらと雪が舞う。
 明日もきっとしびれるような寒さだろう。

















<四夜>

<二夜>
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※あとがき※

五右衛門登場!(笑)
いや、でも御華門はちょっと五右衛門書くのは苦手だったりします。
たぶん原作での立場が中立というか・・・客観的みたいな
場所に居る人だからなのでしょう。
人物がなかなか掴みにくい・・・・(-_-;)
次は日野ですねぇ・・・ニヤリ☆


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