(二夜)








 牡丹灯篭が道を妖しくぼんやりと照らす。
 その明かりが導き、行く着く先はこの世にあらず。
 一夜の夢の世。
 偽りの楽園。

 そこは優しい幻が包む場所。




































「日吉っ!何をとろとろしてるんだいっ!さっさとこの膳を運んでおくれっ!」
「はいっ!」
 日吉は着物をたすきがけ、相変わらず忙しく女将にこき使われていた。
 渡された朱色の漆塗りの盆は日吉の視界を隠すほど重ねられている。
「おっとっと・・・・っ」
 ぐらぐら揺れて不安定なことこの上ない。
 日吉は何とかバランスをとりながら廊下を歩いていく。
 そして、運ぶ部屋まであと少し・・・というところ。
「うわ・・・っ!」
 日吉は何かに足を引っ掛けた。
 

『・・ッッッ!★!★!!!』

 
 凄まじい音が響き、膳から碗から湯のみから粉々に割れて廊下に飛び散った。


「・・あちゃー・・・・」
 あまりの事態に日吉はそれしか言えない。
 おそらく今日の夕飯どころか一週間くらいは飯抜きかもしれない・・・・そんな確実な
 未来が日吉の脳裏に浮かぶ。
「と・・・とにかく片付けないとっ・・・・っ痛!!」
 慌てて拾おうとした破片で日吉は指を傷つけた。
 ぷくうと膨れて出てくる赤い水。

「何やってんだ、てめぇは?」
「ひゃっ!」
 自分以外に誰も居ないと思っていた日吉は背後からの声に飛び上がる。
 そのまま、破片が散らばる床へ足を踏み出しそうになったのを誰かの腕が引いて
 助けてくれた。
「あ・・・ありがとうござい、ます・・」
 冷や汗をかきながら日吉が腕を伝い、助けてくれた男を見上げると・・・・・
「あ・・・あなたは・・・」
 それは、あの寒い雪がちらつく日。
 日吉を「サルと呼ぶ!」と宣言した妙ないでたちの男だった。
「ドジ」
「・・・・」
 本当のことなだけに何も言い返せない。
「マヌケ」
「う・・・」
「ほら、手を出してみろ」
「は、はい」
 言われるままに日吉が手を差し出すと男は懐からしゅっと布を取り出し、口に持っていく。
 びりっ。
「え・・っ?」
 細く切り裂かれた布が日吉の傷ついた指を覆っていく。
「あ・・あのっ・・・」
 日吉は焦る。
 客にこんなことをさせたとし知れれば女将にまた叱られる。
「これなら仕事の邪魔にもならねぇだろ?」
「あ・・・はい・・・・・・・あのっ!」
「何だ?」
「す、すみません」
「はぁ?」
 突然、謝りだした日吉に男は疑問符を浮かべる。
「すぐにお返ししますから!!」
「・・・・その布か?」
「はいっ!」
「なら、必要ねぇな」
「え・・・」
「そんなに細切れにされた布を返されてもこっちが困る」
「あ・・・・・・・・。・・・・・だったら元の大きさの布を弁償して返しますっ!」
「それも必要ない」
「でも・・・」
 日吉は途方に暮れた。
「何しろ、これは貰いもんで元がかかってない。しかも貰った先は・・・・ほれ」
 男が庭を指差した。
 そこにあるのは物干し竿と・・・・・・・・洗濯されて風に翻る布たち。
 
「・・・・・・・・。・・・・・・・・えぇぇっっ!?」
 それは日吉が朝早く起きて洗濯したものだった。
 そう言えば、どこか見覚えのある布だった・・・・。
「と・・・・盗ったんですかっ!?」
「しっ!人聞きの悪ぃこと言うんじゃねぇよ。ちょっと借りただけだ」
 その借りたものを破ったのだ、この男は。
 しばし、呆れと感心で男をまじまじと見つめてしまう。
 そして、ふと日吉の脳裏によぎった考え。
「あの・・・・もしかして、先ほどからそこにいらっしゃいました・・・?」
「おう、居たぞ。ここが一番気に入っているからな」
「・・・・・・・・」
 では、では。


(俺がつまずいた元の元凶は・・・・・この人かぁぁぁっっ!!!)
 日吉は心の中で叫んだ。


「何だよ・・・・・・。それよりも今日はどうした?この間のびらびらの着物は着てねぇのかよ」
「あ・・あれはちょっと・・・その・・・花魁に遊ばれただけで・・・・・」
「ふーん、サルは下女で遊女じゃねぇのか」
「あ、いえ・・・一応・・・その・・・それなんですけど・・・」
「はぁ?」
「いえあのっ・・・」
 日吉は焦る。
 自分でも何故、これほど男に言い訳のようなものをしなければならないのかと思いながら。
「あの・・俺、遊女といっても一度も選んでもらったこと無いし・・・・稼ぎも全然無いから・・・」
「へぇ・・・・」
 今度は男がじろじろと日吉を見つめる。




「日吉っ!!」
 ・・とそこへ、女将の怒声が響いた。
「あ、まずい・・っ」
 気づけば廊下は惨憺たるありさまのまま。
「何をやっているんだいっ!これは・・・っ!!」
「・・・すみません・・・・」
 しゅん、と身を小さくして謝るしか日吉に術はない。
 これでまた雀の涙ほど貰っていた駄賃も無しになり、食事も抜きになる。
 日吉は張り飛ばされるのを覚悟した。

「おい、女将」
 その様子を眺めていた男が怒り爆発寸前の女将に声をかけた。
 憤怒の夜叉のような表情を浮かべていた女将の顔がころりと笑顔に変わる。
 ・・・・・驚くほどの素早さだった。
「あら、旦那さま。このようなところへお出ましでしたとは・・・。旦那様の姿が見えないと
 うちの子たちが探しておりましたよ」
「ああ・・・・」
 男は女将の言葉にぽりぽり、と無造作に髪に手をつっこみ掻きむしる。
 そして、頭二つは低い日吉に目線を落とす。

 ・・・・嫌な予感が日吉はした。


「こいつにする」
「「・・・・・・はい?」」
 女将と日吉の声が重なった。

「だから、こいつに相手をしてもらう。いいな?」
 と確認を女将にとるものの、そのときにはすでに日吉の腕を掴んでいる。
「あ・・・・お、お楽しみを・・・」
 そんな間抜けな女将の声が日吉の背後から追いかけてきた。































「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 部屋には沈黙が満ちる。
 男が日吉を連れてきたのは、客が遊女を呼ぶ部屋では最上級のものだった。
 そんな場所へ、まさか下女の格好であがらされることになるとは夢にも思っていなかった
 日吉である。
 
「あの・・・お注ぎしましょうか・・・?」
 何しろ客をとったことの無い日吉。
 場をどう盛り上げていいのか皆目検討がつかない。
 そこでとりあえず、酒だろうと勧めてみたのだが・・・・。
「いらん。俺は酒は飲まんからな」
「え・・・・では、その腰のものは・・・・」
 どう見ても酒が入っていると思われる徳利である。
「ああ、この中に入ってんのは牛の乳だ」
 マジで?
 思わずそう突っ込みそうになった日吉である。
「そこの酒は飲みたかったら飲んでもいいぞ。俺はいらんからな」
「い、いえっ!!俺も飲みませんからっ!!」 
 慌てて断る。
 遊女が客より出来上がってしまっては仕方が無い。
「そうか。なら、お前もこれを飲んでみるか?」
 男は腰から徳利をはずし、酒を入れるはずの猪口に傾けた。
 中からは確かに白い液体が流れ出る。
「ほら、飲んでみろ」
「はぁ・・・・では、いただきます」
 おそるおそる口に含む。
 途端に口の中に広がる清清しさとさわやかな甘み。
「おいしいですっ!」
「そうだろう。毎朝搾ったものを入れさせているからな」
 そこで日吉は首をかしげる。
 目の前の男はいったいどのような人物なのだろうか、と。
 かなりいい加減な格好をしているが、女将は至極丁重に扱っている。
 男も粗野なふりをしながらも、どこか育ちの良さのようなものを感じさせる。
 そして、先ほど。
 ・・・・・たぶん、日吉を助けてくれたのだろう。
 あのままだったら確実に日吉は布団部屋行きだった。
 それとも納屋か?
 ともかくこの雪が降りしきる中、凍死を危ぶむ状態になっていたと思われる。

「あの・・・旦那様」
「その呼び方はやめろ」
「・・・・・でしたら、どのように?」
「そうだな・・・・名前で呼べ」
「お名前で・・・・で、えーと・・・俺、お名前を知らないんですが・・・・」
 日吉の言葉に男がくいっと口を笑みにゆがめた。
「・・・なるほど。知らなかったのか・・・・なるほどなぁ」
 何か一人で男は納得している。
「俺の名前は、『信長』だ」
「信長・・様」

 (・・・・・どこかで聞いたような・・・・・でも思い出せない・・・・)

「そう、お呼びすればいいんですね」
「ああ」
「わかりました。・・・信長、様」
 もう一度、名前を呼んでみただけなのだが、なぜか日吉の頬が赤くなる。
「サル、お前は変わっているな」
「・・・はぁ」
 信長様のほうがよほど変わっていると言いたい日吉。
「しゃべり方も他の女たちとは違うしな」
「すみません・・・慣れてなくて・・・」
「別に謝らなくていい。そのほうがいいと俺は言ってるんだからな。どうも俺はあの遊女言葉
 は好かない。妙にすかしやがっていらいらするだろう?」
「・・・・・・」
 日吉の顔に笑顔が浮かんだ。
「笑ってんじゃねーよ、サル」
「すみません」
「・・・おい、もう少し傍に来い」
「あ・・・・はい」
 ずりずりとほんの10センチほど日吉は信長に近寄る。
「てめーな・・・・」
「はい?・・・・・てぅわっ!!」
 信長の手が日吉を捕まえ、自分のほうへと引っ張った。
 その反動で、日吉は信長の胸元へ倒れこみそうになった。
「・・・・す・・・・すすすすすみませんっっ!!!」
 顔を真っ赤にして慌てて態勢を立て直す日吉。
「いいから、そのままでいろ」
 ふと、日吉の顔が翳る。
「・・・心配するな。俺は自分を好いてもいない女を無理やり抱く趣味はない」
「は・・はい・・・」
 直截に言われて日吉の体温が一気にあがる。
 その様子は遊女だと言うのに男を知らぬげで妙に初々しかった。
 信長は苦笑する。
 ・・・どうやら本当に客をとったことがないらしい、と。

「おい、サル」
「は、はいっ」
「寝る」
「は、はぁ?」
「”相手”は出来なくても添い寝くらいは出来るだろう?」
「は・・・あの・・・・・・・が、頑張りますっ!」
「ぷ・・・・・ははははっっ!!」
 信長は余程、日吉の返事がおかしかったのだろう。
 腹をかかえて笑っている。
「ひーっ・・・あー死ぬほど笑ったぜ、サル!」
「は、はいっ!」
「気に入った!これから贔屓にしてやるよ」
「あ、ありがとうございま・・・・ってわっ!」
「とりあえず、添い寝な」
 いきなり抱き上げられた日吉は隣の部屋へと連れていかれる。
 そこには女郎屋特有の朱色の布団が敷かれていた。

 どくっどくっどくっどくっ。

 日吉の心臓が早鐘を打つ。
 誰かと・・・それが男であれ女であれ・・・一緒の布団で寝るなど日吉にとっては
 はじめての経験だった。

「サル。お前、顔が真っ赤でますますサルみたいだぞ?」
「の、信長さまっ!」
 日吉の顔を覗き込んだ信長が茶々を入れた。
 そのまま、とすんっと日吉を布団におろすと、信長は自分の腕の中へ抱きしめる。
「あ・・・あのっ・・・!?」
「いいから、寝ろよ。誰も邪魔しになんか来ねーからよ。・・・ゆっくり出来るだろうが」
「・・・・・・信長さま・・・・」
 思いもかけない信長の気遣いに日吉はすっと体から力が抜けた。
 現金なもので途端に眠気が襲ってくる。

 大きな信長の手が優しく日吉の髪を梳く。
 日吉の鼻腔をくすぐるのは陽だまりの匂い。


「・・・・・ありがと・・う・・・ございます・・・・信・・・長・・・・・・さ・・・・・ま・・・・・・・・・」
 そのまま日吉の意識は闇へ沈んでいった。













「日吉」

 夢の中で誰かが・・・・優しく包みこむように名を呼んでいた。













<三夜>

<一夜>
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※あとがき※
早くも二夜をUP(笑)
一夜、二夜とノブヒヨ入ってますけど、実はあくまで日吉は総受けです。
え?他に出てないって?
フフ・・・それは今からですよ、旦那!(←誰に言ってんだ・・)


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