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(一夜)
夜の闇に白い繊手が宙を舞う。 ゆらりゆらりと。 ゆらめく白は夜目にも眩しく、人を誘い、夢を撒く。 艶めく声と狂気じみた笑い声。 そして喧嘩の罵声。 冬だというのに、鮮やかな花がそこかしこに咲き乱れ、人を惑わせる。 ここは一夜の夢の世界。 為されることは全て夢。 全て幻。 確かなものは何もない。 「日吉っ日吉っ!何をぐずぐずしておいでだいっ!そこの廊下を拭き終わったら次は花魁の 部屋を掃除しておくれよっ!もう時間が無いんだからねっ!」 「はいっ!」 女将の声に返事をするとかじかむ手に息を吐きかけ、雑巾をしぼった。 「っ痛〜・・・・」 冷たさを通りこして手が痛い。 日吉の手は痛々しいほどに赤ぎれていた。 本来なら遊女がこんなことはしない。 遊女は美しく着飾り、客に夢を見せるのが商売だからだ。 日吉も一応、遊女ではある。 しかし、いまだに一人の客も取れないでいて遊女と言っていいのかは疑問ではあるが・・・。 つまり、この店で日吉は何の役にもたたない『ごくつぶし』なのだ。 女将は仕方なく日吉を下働きさせて元を取ることにしたらしい。 日吉としては遊女として男に買われるよりはそちらのほうが余程よかった。 確かに遊女として売れれば楽な暮らしができる。 いい着物を着て。 美味しいものを食べて。 美しく着飾り、贅沢ができる。 けれど日吉は・・・・。 「・・・とさぼってる場合じゃないや!」 急がなければまた女将の怒りが飛ぶ。 夕飯抜きなんてされたら目もあてられない。 日吉は手早く雑巾がけを済ませると、この店で一番格の高い花魁の部屋へいそいだ。 「あら、日吉」 「お邪魔します。掃除しに来たんだ、ヒカゲ花魁」 この店の中で一番広い座敷。 そこがヒカゲ花魁の与えられた部屋だった。 美貌と才気を溢れんばかりに兼ね備えたヒカゲはその客も上等だった。 大商人に大名・・・・いずれもその名を世に轟かせている人物ばかり。 けれどヒカゲはそれを決してひけらかすことなく、目下の者に優しかった。 「掃除ならしなくても大丈夫よ。それよりも日吉、手を見せて」 「え?・・あ、はい」 日吉はヒカゲに言われるままに手を差し出した。 「酷く荒れているわね・・・本当に、あの女将は何を考えているのかしら」 「あ・・でも、オレが何も出来ないからだし・・・」 「日吉もたいがいお人よしね。・・・そうそう、いいものがあったの」 ヒカゲは立ち上がると化粧箱をごそごそと探る。 「あった♪・・・はい、日吉」 「はい?」 日吉の手に乗せられたのは小さな貝殻をあわせたもの。 「肌荒れによく効く軟膏なの。使うといいわ」 「で、でも・・・」 おそらくそれはかなり高価なもののはずだ。 「いいから。あたしには必要ないしね♪」 「・・・・ありがとう。ヒカゲ花魁」 「どういたしまして。さて、時間までまだあるからお菓子でも食べていって」 「え・・まだ仕事が・・・」 「ここの部屋の掃除でしょ?してたって言えば誰にもわからないわよ」 「・・・ありがとう」 こうやっていつも日吉を気にかけてくれるヒカゲ。 花魁といっても遊女に変わりない。 その暗さを微塵も感じさせないヒカゲが日吉は好きだった。 「大丈夫よ、日吉。近くあなたにはきっといい人が現れる」 はっと菓子を食べる手を止めて日吉はヒカゲを見上げた。 ヒカゲが売れる理由には実はもう一つある。 ・・・・・・・予知の力だ。 それもかなり確かな。 商人など新たな商売を起こすとき密かにヒカゲに伺いを立てに訪れるほど。 「お・・・オレは別に今のままで十分なんだけど・・・・」 「嘘でしょ」 「え・・・」 「日吉が今のままで十分なんて思ってるわけないわ」 日吉は固まる。 「あなたは本来、こんな世界に居る人では無いのだから。・・・・とういうわけで」 「・・・わけで?」 「今日は着飾って格子に出ましょうね♪」 「・・・・・・・・ぅえぇぇっっ!?」 ・・・・まずい。 まずすぎるっ!! 忘れていたがヒカゲは他人を着飾らせて遊ぶという何とも傍迷惑な趣向の持ち主だった。 慌てて身を翻して逃げようとした日吉の腕をがしっと力強く掴むヒカゲ。 蝶よ花よと愛でられる花魁とは思われぬ怪力だった。 「逃がさないわよ♪」 ヒカゲの笑顔が鬼に見えた瞬間だった。 かくして、今。 日吉は赤い格子の内・・・隅のほうへひっそりと座っていた。 出来るだけ目立たないように・・それだけを心がけて。 じっと顔をうつむけて・・・。 「きゃ〜っいい男ぉvv」 「ホントっ!!」 「服は粗末だけど刀さしてるからお侍さんなんじゃない?」 突然、色めきたつ遊女たち。 「お兄さ〜んっv」 「ねぇ、遊んでいかない〜」 「悪ぃな。今日は遊びに来たんじゃねぇんだ。また今度な」 耳に心地よい低い声。 日吉は知らず、顔をあげていた。 そこには確かに稀に見る『いい男』が立っていた。 精悍な体に端整な顔。 しかし・・・・髪型と服装が何ともいえない。 髪は茶筅髷を撒きたて、だらしなく着崩した着物の腰には朱鞘の大刀と瓢箪がぶらさがって いる。侍というには聊か無法に過ぎる装いだった。 「まぁまぁ、ようこそ。旦那様。お連れ様は奥の間でお待ちです」 しかし、女将が平身低頭迎えるところを見るとただ者では無さそうだった。 だが男は女将の案内にすぐにはついて行こうとはしない。 「おい・・・サル」 (・・・何だかこっちを見てる・・・??・・・まさか、ね・・・) 「お前だ。耳でか目でかのサルまんまだな。・・・おい、無視するんじゃねぇよ。お前だよ。 緑の着物の」 日吉はきょろきょろと周りを見渡した。 ・・・・緑の着物・・・・・・ 赤・・桃・・・橙・・・・・・・・・・・・・・ そして自分の着物・・・・・・・・・・・・「緑色」 (やっぱオレかぁぁぁっっ!?) 「あ・・・あの・・・っ!?」 突然のことに日吉の口はぱくぱくと動くだけで言葉をつむぐことが出来ない。 そんな中、男の背後で女将が傍に来い、と手招きしている。 日吉は裾を踏まないように・・・けれど危なっかしい足取りで男に近づいた。 「名は何と言う?」 「あ・・あの・・・・日吉、です」 「日吉ね・・・俺はサルと呼ぶ、いいな!」 「・・・・・・・」 ・・・「いいな!」と言われても・・・・・どうしていいかわからない日吉は途方にくれた。 そして日吉は途方に暮れたまま、女将と男が立ち去った後も呆然とそこへしばらく 立ち尽くしていたのだった。 それが最初の出会い。 真白な雪がちらつく特に寒い日だった。 |
【二夜へ】
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※あとがき※
ああ・・ついに書いてしまった花魁もの(笑)
ミステリー系で一度書いてみたいなぁ・・と思ったことがありまして
色々と資料を漁ったことがあるんですが、それはすでに
遠い彼方に消え果て、何だか色々いい加減です(爆)
そして臨時操業中なのにスクリプトに凝る御華門・・・
夏に雪を降らせるなよ・・・・(汗)
しばらくこのシリーズは続くと思われますが
どうぞ気長にお付き合いくださいませ♪
ご拝読ありがとうございました。