【ルック編】
≫3 Wanted
ハルモニアの首都、クリスタルバレーまであと僅か、というところでダナとグレミオは宿を取ることにした。 「すみません、今晩の宿をお願いしたんですが・・・」 「ああ、空いてるよ。一人かい?」 「いえ、二部屋お願いします」 グレミオが僅かに脇によけ、連れが居ることを宿の主に知らせた。 「坊ちゃん、野宿続きでお疲れでしょう。今日はゆっくり休んで下さいね」 「グレミオもだよ。・・・僕の見張りなんてしなくていいから」 「だ、ダメですよっ!見知らぬ土地で坊ちゃんを一人には出来ません!」 それならば部屋を一緒にすればよかっただろうに、この従者はどこまでも”従者”であろうとする。 「グレミオ。僕ももう子供では無いんだから。それにグレミオが無理して倒れでもしたら困るのは僕だよ」 「そ、それはそうですが・・・」 「大丈夫」 ダナはグレミオに安心させるような微笑を浮かべた。 いつの間にかグレミオなぞ足元にも及ばないほどに強くなっていたダナ。 彼に危害を加えられる相手などそうは居ないが、グレミオの心配性は復活してからも健在だった。 グレミオにしてみれば、ダナは当時のまま『守るべき主』なのだ。 「・・・わかりました。でも何かあったらすぐに呼んで下さいね!」 「ああ、グレミオも」 名残惜しそうに部屋を出て行くグレミオに手を振り、ダナは視線を厳しくした。 (・・・ちりちりする・・・) ハルモニアに近づくにつれて強くなる、奇妙な感触はこの宿についてからまた強くなっていた。 小競り合いはあれ、近隣諸国で大きな戦が起こっているようでもない・・何故こうも騒ぐのか。 グレミオに悟られればまた、いらぬ気をまわすだろうとダナは黙っているのだが・・。 ダナは吐息をつくと、バンダナを解き寝台にもぐりこんだ。 まだ、一ヵ月も経っていない。 しかし解放戦争の記憶は曖昧だった。その気になれば、どこでどんな風に采配を振い、誰をその手に かけたか、はっきりと思い出せる。けれど、やはり曖昧だった。 その割に胸を衝く衝動は酷くなるばかり。 戦争中は立ち止まって何かを考える暇など皆無だった。 だが、こうして旅に出て戦とは無縁の生活を送るようになるとどうしても思い出さずには居られない。 大切な人々と共に在った日々を・・・。 後悔など、していない。 するくらいならばダナは解放軍のリーダーなぞ、すぐにでも返上していた。 ダナは死者の遺言だからといって済し崩しにリーダーを引き受けるほど優しい性格はしていない。 リーダーをひき受けたのは・・・ コンコンッ! 扉を叩く音にダナは身を起こし、油断なく入り口の気配を探った。 「夜分に失礼致します。宿の者でございますが・・・」 「・・・何か?」 (一人、二人・・・・五人は居るな) こんな人数で客の部屋へやって来るのは何か厄介ごとが起きたのか、それとも・・・ 「少々お伺いしたいことがございまして」 宿の主人の声・・平静を装っているが少しばかりかすれて震えていた。 「・・・ちょっと待って下さい。開けますから」 ダナは愛用の棍を掴むと、ゆっくりと扉を開けた。 バタンッ!! 荒々しく扉が開け放たれて、予想していた通りの風体の男たちがなだれ込んできた。 「へぇーっ!マジに美人じゃねぇか!」 「これでホントに男か?女だろっ!?」 ダナの姿に男たちが大声で笑いあう。 まがりなりにもダナたち以外にも客が居るなかでこれほど大っぴらに行動するとは。 「見てみろよ、いっちょ前にも武器構えてやがるぜ」 「カワイイねぇ〜」 ダナは無言で男たちを見据え、機をうかがっていた。 ダナのことをただの子供だと侮っている男たちに遅れをとる理由も無いが出来ることならこれ以上 騒ぎが大きくならないうちにおさめたいと思っていた。 すっと構えていたはずの棍を下ろす。 すると面白いほど予想通りに男たちは顔に笑いを浮かべ、全くの無防備でダナに近寄ってくる。 一瞬だった。 棍の軌跡さえ辿れないほどの早さでダナの攻撃が男たちを次々と襲った。 叩き据えられ、壁や天井に吹っ飛ばされる。 再びダナが構えを解いたときには、男たちは全滅していた。 ダナの視線が宿の主人を捉える。 「・・・・っひ!」 まさか男たちが負けるとは思わなかったのだろう、腰を抜かした宿の主人は恐怖に蒼ざめ必死に ダナから逃げようとしている。 「僕たちは今すぐに出て行く。この・・・男たちは気を失っているだけで死んでは居ない。好きにするがいい。 だが・・・私たちのことは話すな」 宿の主人を見据えたダナの美貌の中で、黒い瞳が赫く光った。 我を失い見蕩れるほどに美しく、この上なく禍々しい。 ごくり、と喉を鳴らした主人は触れてはならない”禁忌”に手を出したのだと悟った。 その後、不審がるグレミオをよそにダナはクリスタルバレーへの道を急いだ。 人の口に戸は立てられない。まして首都に近い町だからこそ、役人の動きも早いだろう。 見知らぬ土地で厄介ごとに関わるのはご免だったのだ。 |