【ルック編】
4、 Prisoner
ハルモニアの首都、クリスタルバレー。 夜陰に紛れてその門をくぐった、ダナとグレミオはカフェのテラスで食事をとっていた。 「坊ちゃん、これからどうします?」 「王立図書館へ行く。世界各地から集められた珍しい書物があると聞くからね」 そこで、未だ多くの謎に包まれた真の紋章・・・右手のこの紋章のことを知らなければならない。 「ハルモニアにはしばらく居るつもりだから、グレミオも好きなところに行くといい」 「いいえ!グレミオは坊ちゃんのお傍を離れるわけにはいきませんっ!」 「・・・まぁ、好きにすればいいけど」 ダナより人生経験は長いグレミオだが、どこか抜けているところがある。大丈夫だとは思うが 一応目の届くところに居たほうが何かと安心だろう。 ここはトランではない。何が起こるかわからない。 「グレミオ、それじゃ・・・・」 行こうかとグレミオを促して立ち上がったダナの前に、数人の兵士が立ちふさがった。 「・・・・・・・」 「フリックとビクトールだな」 「・・・・は?」 兵士の一人に問われて、グレミオは口を開けた。 どうやら、念のためにと偽名を使っているのをすっかり忘れているらしい。 「とぼけても無駄だ。連行する」 合図で兵士たちがダナとグレミオを取り囲んだ。 この程度の兵士ならダナの実力で簡単に倒せるだろうが・・・それではここに来た意味が台無し になってしまう。 「・・・わかりました、何を勘違いされているか知りませんがついて行きます」 「ぼ・・っ」 「ビクトールも、わかったね?」 「は・・・はい・・・フリッ・・ク・・・」 ダナの視線に、グレミオも大人しくなった。 兵士に連行されたダナはグレミオと引き離され、ある一室に閉じ込められていた。 当初、行き先は牢屋と思われたが、そこはどう見ても牢屋とは全くかけ離れた場所だった。 床には毛足の長い絨毯が敷かれ、調度品は最高級、部屋は広く、まるで賓客を迎えるように 立派な部屋だったのだ。 てっきり宿の主人の密告で、不審人物として捕まったのだと想像していたダナだったが・・・。 「・・・・マズイな」 「何かお気に召さないものがございましたか?」 ぽつりと呟いたダナの背後から、唐突に声がした。 「・・・・これは、いったいどういうことでしょうか?」 振り返ったダナは、驚きそうになった自分を必死で平静に保った。 そこにあったのは、見覚えのある、よく見知った顔・・・ただ、違うのはその顔に”笑み”が浮んで いることだけだ。 「一国の主をお迎えするのです、当然のことと思いますが?」 「・・・どうも何か勘違いされているようですね?私はこのような扱いを受けるようなものではあり ません。・・・連れはどうしましたか?」 相手がくすり、と笑いを漏らした。 「勘違いなどしておりませんよ・・・・・・・・・・・・・・ダナ=マクドール殿」 「・・・・・私の名はフリックと申しますが」 ダナは微笑を浮かべて男の・・少年の言葉を否定した。 「マクドール殿。私の名前はササライと申します、ヒクサク様より神官将に任じられております。以後 お見知りおき下さい」 いくら否定しても確信している相手は気にも留めない。 「・・・・あなたは何がなんでも僕をその”ダナ=マクドール”という人間にしたいらしいようですが、 そのためにこうしていわれも無い拘束を受けているなら、さっさと解放していただきたい。僕は ダナ=マクドールではありません」 「困った方ですね。マクドール殿はご存知では無いのでしょうが、私は”土”のという形容を頂いて おります。それは・・・」 ササライは右手の甲をダナに示してみせた。 そこに浮ぶのは土の、”真なる土の紋章”だった。 「真なる紋章は、真なる紋章と共鳴します。当然、・・・・あなたのその右手のソウルイーターとも」 「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・」 ダナは微笑を収め、近くのソファへ身を沈めた。 「・・・・・ハルモニアが真の紋章狩りをしているという噂は聞いていた」 「それは違います。我々は紋章をあるべき場所へと戻しているにすぎません」 「あるべき場所?・・・それがここだと?」 「その通りです。真なる紋章はただ人には扱いかねる強い力・・・それは神に等しき力。その力を 正しく理解できるものにこそふさわしいのです」 「・・・・・・・」 「あなたは選ばれた人間です、マクドール殿」 ササライの言葉に、ダナは嘲弄するような笑みを浮かべた。 「選民思想か・・・。人の自尊心をくすぐるには非常に有効な手段だが、僕はそんなものに乗るつもり も踊らされるつもりも無い。この紋章を・・・利用させる気も、無い」 「・・・さすがにトランの英雄、簡単にはいきませんね。しかし」 「・・・・・・」 「あの従者は我々が抑えていることをお忘れなく」 「・・・・脅迫か?」 「いえいえ、とんでもない。私たちは、マクドール殿に是非、ゆっくりと我が国に滞在していただき、 ハルモニアの素晴らしさを知っていただこうと思っているまでです」 「素晴らしさ・・・ね」 「そうです」 ダナは終始笑顔を浮かべて応対するササライに、嫌悪感を抱いていた。 笑顔と仏頂面、どちららがいいかと問われれば人は必ず”笑顔”と答えるだろうが、それが嘘だと いうことは、ササライを見ているとよくわかる。 「・・・・・そうだね、しばらくはここに滞在するつもりだったし、僕に否やは無いよ」 「それは良かった。丁重におもてなしさせていただきますので、ご遠慮なくお申しつけ下さい」 「ああ、そうさせてもらうよ」 ただし。 ダナはそっと心の中で付け加える。 用事が済めば、すぐに出て行かせて貰う。 |