【ルック編】
≫2 Memory
「君、馬鹿だろ」 珍しくも定位置である石版の前からルミナリエ城の外に移動していた風魔法使いは リーダーであるダナに向かって呆れるように言い捨てた。 「酷いな、いきなり」 だが、ダナはそんな言葉にも微笑を浮かべたまま。 ルックがここに来てから半年・・・ダナが怒ったところは目にしたことが無かった。 そんなダナに周りのほうが我を忘れて激怒し、当の本人が周囲の人々を仲裁して いるなんて光景さえ見たことがある。 ルックとて人のことは言えないほどに無表情である自覚はあるが、このダナは笑顔 という仮面でそれを隠しているような気がする。 「・・・そんなへらへらして、馬鹿にされたんだよ?怒りなよ」 「そうかな?何だかルック・・機嫌悪い?」 「別に」 いつもこうだ。 ダナと話しているとどうしようもない苛立ちが募ってくる。 「ルックも一緒にどう?落ち着くよ」 ダナは言うと脇から一本の釣竿をルックの目の前に差し出した。 「だいたい・・君、こんなところで釣りなんかしてていいのかい?」 解放軍のリーダーともあろう人間が。 「大丈夫だよ」 「・・・・・・」 そう言って笑うダナは万事繰り合わせてこの時間を作り出しているのだろう。 どこまでも抜け目が無いというか・・。 ルックは肩をすくめると、差し出された竿を手に取り、ダナの横へ腰を下ろした。 「ところで・・・」 ルックが釣りを始めて30分ほど経った頃・・・すでにダナは何匹が釣りあげていたが ルックは・・・成果なし。 「どうして僕が馬鹿なの?」 「・・・今頃聞いてくるあたり馬鹿なんじゃない」 「ああ、確かにそうかも」 ダナはくすりと笑いを漏らす。 「納得してどうするんだよ・・全く、呆れるね」 「そうは言うけど、ルック。だったらどうして君はいつもそんな不機嫌な顔してるの?」 「・・・悪かったね、生まれつきだよ」 「せっかく美少年の称号貰ってるんだから勿体ないよ」 「いい迷惑だね。だいたいどうして君が入ってないんだよ」 「僕?何で?」 ダナはきょとんとした顔で首を傾げる。 「・・・・本気で言ってる?」 「だって僕が美少年だなんて・・・おかしいよ」 「・・・・・・・・」 そう思っているのはきっと本人だけだろう。 時が止まった16歳の少年の体は華奢でいて、鍛えられたしなやかさを感じる。 形のいい顔には絶妙のバランスで目鼻が配置され、普通は黒い瞳は光の加減で 真紅に見える。極上の葡萄酒のようなその色は、人を酔わせて恍惚とさせる。 一つ一つの仕草が洗練されていて、美しい。 サラブレッド。 ダナにはその言葉がよく似合う。 美少年なんて甘い言葉は相応しくない。 そんなことを改めて言う必要など無い・・・孤高の美しさ。 「・・・まぁ、いいけど。この釣った魚どうするのさ」 「もちろん、料理して貰うんだよ。・・・・あ、ルックきてる」 「何が・・・え?」 今までびくともしなかったルックの竿が上下に揺れていた。 「あ、駄目だよ。落ち着いて・・そうゆっくり引いて、無理したら持っていかれてしまうから ゆっくりゆっくり・・・よしっ」 水面から水しぶきをあげて、魚が姿を現した。 眩しいばかりに水が光を反射する。 ダナはルックのかわりに糸を引き寄せる。 「ああ・・・これは食用にはならないね」 「・・・・どうして」 別に一生懸命やっていたつもりは無いが30分もこんなことをしてやっとかかった 一匹だっただけに、何となくルックは面白くない。 「時々このあたりに紛れこむんだけど、これは観賞用の魚だよ・・・綺麗でしょ」 「・・・・・・・」 言われてみればダナが釣ったものよりずっと小さく色も鮮やかだ。 「それなら、持って帰れば?」 「・・・駄目だよ。僕には飼ってあげられないし・・・狭い水槽に入れられるより広い湖を 泳いでいるほうが・・きっとこいつも幸せだから」 「・・・・・・そう」 魚の針をはずしてやっているダナをルックは思わず見てしまった。 今のは自分のことを・・・・・・・? 「何?」 「・・・・君は・・・」 言葉が続かないルックに、ダナは微笑んだ・・・・悲しそうに。 「ダナ・・・君は狭い水槽から放たれて・・・幸せになれたのか・・」 解放戦争直後、姿を消した英雄ダナ=マクドール。 建国の慌しさに紛れてルックもまた、魔術師の塔へと戻った。 それから二ヶ月・・・。 ダナの噂も聞きもしない。 だが・・・いつかきっと会うだろう。 真の紋章がその手にある限り、ルックもダナも老いや死とは無縁なのだから。 「・・・・馬鹿だね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕は」 逃した獲物は大きかった。 |