【ルック編】


5、 Twins






 ハルモニアの策略にはまり、半ば虜囚のような扱いを受けることになったダナは、宮殿内という
 限られた範囲ではあったが、好きなように出入りし、情報を集めて回っていた。
 書庫には古今東西の紋章に関する書物が集まっていて、さすがに歴史がある国だけあると感心
 していたが、肝心の真の紋章に関するものだけが欠如していた。
 無いわけが無いから、おそらく一般には出入りできない場所へ隠されているのだろう。
 ぱたり、と読んでいた本を閉じると、ダナは立ち上がった。

 静かな王宮だった。衛士も立っておらず、見張りも無い。
 一日誰とも会わない日もある。
 出入り自由、何も邪魔するものが無いように思えるが・・・ダナは感じていた。

 (・・・何かに監視されている・・・)

 ダナが行動するたびに、纏わりつくような気配を感じる。
 未だ顔も見ることが出来て居ないヒクサクの力なのか、別の紋章の力なのか・・・とにかく、
 この気配を断ち切ることが出来なければ、ハルモニアを脱出することが不可能なのは確かだった。




「坊ちゃん」
「ああ、グレミオ。どうしたんだ?」
 部屋に戻ったダナを出迎えたのは、どこか慌てた様子のグレミオだった。
「大変ですっ!私、ルック君を見たんですっ!」
「・・・グレミオ、それ・・・きっとルックじゃないよ」
「え!?」
「まだグレミオは会ってなかったかな?・・・彼はササライって言うらしいよ。何でもこのハルモニアの
 神官将をしているらしいけど・・・本当に、ルックとそっくりだけどね。あんなにルックは愛想良く無い
 だろう?」
 ダナの説明に、だがグレミオは納得しかねる顔をしている。


「・・・人が居ないとなると、酷い言い草だね」


 そう言って続きの部屋から現れたのは・・・・確かに、トランで別れたはずのルックだった。
 どうやら、グレミオが見たというのは確かにルックだったらしい。

「ルック!・・・・ササライが真似してるわけじゃないよね?」
「ふん、あんなのと同じにしないでもらいたい」
「その皮肉な口調、確かにルックだ」
「・・・・・・・」
 ダナのセリフにルックの顔が更に憮然となる。
「でも、どうしてここに居るんだ?」
「それは、こっちのセリフだよ。・・全く、君ときたら早速厄介なことになっている」
「それについては否定しようが無い。確かに厄介なことにはなってるけど、まぁすぐに危機が迫って
 いるというわけでもないし。・・・ルックは?僕と一緒のような状況じゃないだろうけど」
「当たり前だ。・・・・僕は、この国の生まれでね」
「へぇ、初耳」
「初めて言ったからね」
「じゃ、里帰り?」
「・・・・ちょっとね」
 何か訳ありなのか、いつも以上に余計なことを話さないルックに、ダナは問い返さない。
「君のお兄さんか弟に会ったよ」
「・・・・兄だよ」
 心底嫌そうに告白する。
 そのルックの仕草に別れて半月も経っていないのに、なつかしいとダナは感じた。
「・・・で、どうするつもりさ?」
「何が?」
「・・・暢気だね、状況がわかっていない訳じゃないだろうに」
「危急的速やかに対処すべし、ていう状態じゃないから、当初の予定通り好奇心を満足させてそれから
 考えることにする」
 どこまでもマイペースなダナにルックは顔をしかめる。
「あんたは、ハルモニアという国を知らない。僕としては・・・が動き出さないうちにさっさと出て行く
 ことをすすめる・・・・自分の命が惜しいなら」
「うん、ありがとう。ま、出来るだけ早くとは思っているんだけど・・・心配してくれたんだ?」
「・・・誰が!・・・全く、付き合ってられない。僕は行くよ」
「会えて嬉しかった、ルック」
「・・・・・・・」
 本当にそう思っているのだろうダナに、ルックはやはり不機嫌な表情を浮かべたまま顔を背けた。
「もし・・・」
 聞こえるか聞こえないか、囁くようなルックの声は、続きを紡がない。
 だが、ダナは、微笑んだ。

「・・・呼ぶよ」
 ルックの背中が震えた。
「呼ぶよ、ルック・・・君の名を」
「・・・・・・・・」
 ダナという人間は、基本的に誰かに何かをして貰う事を期待しない。それが自身のためならなお更。
 だから今のダナの言葉が、どれほどの信頼の現われであるか・・・僅かな時とはいえ共に過ごした
 ことがあるルックには、わかりたくもないが、わかってしまう。

「・・・それ以上深みに嵌まる前にしなよ」
 
 胸に沸き立つ昂揚を皮肉げな言葉で隠して、ルックは窓から姿を消した。
 そして、見送るダナはくすりと笑う。

「本当・・・ルックて素直じゃないよね、グレミオ」
「・・・・坊ちゃん・・・・」

 思わず、肩を落としてしまった従者だった。









     

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