【ルック編】


6、 Lemon



出来損ないなのだよ


















 ダナは、両側を壁に囲まれた階段を下りていた。
 円を描いて下へと続いている階段は、暗闇の中にあり、夜目のきかぬ人間であったならば、一歩を
 踏み出すことさえ躊躇われただろう。
 その中を、ダナは何の苦も無くいつものペースで歩いている。
 暗闇も昼の光の中も、自身にとっては何も変わるものは無いのだと・・・。





 書庫を探っていたダナは、奥の石壁に僅かな歪みがあるのを見つけた。
 何があるのか、と力をかけて僅かに動かしてみるとどこかへ続く階段が見えたのだ。
 ダナは夜を待ち、再び書庫へと姿を現し、現在その階段を下りているというわけだ。
 心配性の付き人は、今頃主人の夜遊びも知らず夢の世界へ旅立っていることだろう。

「・・・・存外、深いな」

 円を描いているため、高さがわかりにくいが、それでもかなり潜っている。
 これだけの階段を作るだけでも相当な労力が必要だろうに・・・いったいこの先には何が待っているのか。

(・・・ルックの忠告を無視するわけでは無いけれどね・・・)

 好奇心が勝った。
 それと。
 潮時が近づいている、とも感じていたのだ。
 そろそろハルモニアから出なければ、もう二度とここから離れられないような、そんな妙な予感がした。
 悪い予感ほど、世の中よく当たるものである。
 だから、ハルモニアを出る前に、何かを掴んでおきたかった。

(・・・それがどれほど醜悪なものであろうと・・・)

 やがて階段は、一つの扉の前で終わっていた。

(――― シンダル文字?)

 扉には五芒星に並んだシンダル文字と・・・12の紋章が描かれていた。
「・・・・・・・・」
 じっとそれを見ていたダナは、そろりと手を伸ばし触れみた。
 ・・・・・己の紋章の形をなぞる。

「・・・ソウルイーター・・・っ!!」

 紋章が赤く輝いた。
 右手と、扉の。

 扉が、開く。














 気がつくと、ダナは地下とは思えぬ広く明るい空間に立っていた。

「・・・・・・・・」
「ようこそ」
「!?」

 ダナは声に振り向く。気配は微塵も無かった。

「ダナ・マクドール。真の紋章ソウルイーターに選ばれし主よ」
「――――― あなたは?」
 目が光に慣れていないせいでは無いが、相手の輪郭はどこかぼんやりしてつかみ所が無い。
 その中で、弧を描く口元が、印象的だった。

「―――― 円の紋章が主、ヒクサク」

 予期していた答えだった。
 その声は、落ち着いたものではあったが、どこか幼さの名残を感じさせる。
 ・・・・ダナも、またそうであるように。

「あなたに面白いものを見せよう」
「・・・・・・・・」
 ヒクサクが腕を上げると、周囲にあった幕が一斉に上がった。
 その奥にあったものは。

 天井に届くほどに高いガラス張りの円筒。
 その中で、水泡がたっている。

(―――― コレ、は・・・・・・)

 壁を囲むように並べられた円筒の一つに、ダナは招かれるように近づき中に目を凝らした。
 何か小さなものが中央に浮んでいる。
 ・・・・・勾玉のような形をした何かが。

「それは、人の細胞から作り出した胚だ」

(―――― 胚)

「うまく育てば、人と成る」
 
(・・・・・・・・・・)


「私の、―――― 子供たちだよ」
 ダナの耳元で、声がした。

「・・・・神にでもなるつもりか、ヒクサク―――― 」
 ダナは振り向かず、円筒に強い視線を注ぐ。
「なる、のでは無い」
 くすり、と笑う気配がし・・・・

「私はもう神なのだ」

「――― 人は、決して神などにはなれない」
 ダナは振り向いた。
 ヒクサクの背が、向かいの円筒に近づいていく。

「ああ、これは駄目だな」

 ぴしり、と円筒に罅が入る。
 流れ出す・・・・生命の水。
 
 中に浮んでいたのは、未だ人とも定まらぬ胚などでは無く、・・・・『人』の形。
 しかも、その顔は・・・。

「分化に失敗したのだな、足指の数が揃わない・・・・不恰好なことだ」

 虚ろな目。
 半開きの口。
 だらりと投げ出された四肢。

 ダナの全身の血が引いた。
 




(―――――― ルック・・・)






 久しく無かった、動揺だった。













     

BACK