【ルカ編】

≫8 Trick









 久々にダナは西塔の己の部屋へ戻っていた。
 ルカが戦に出て留守にしている上に余計な邪魔者もここまではやっては来ないだろう
 という目論見からだったのだが・・・・

 それが大きな計算違いであることは約1時間後に判明した。















「お久しぶりです、ダナさん」
 ノックの音に扉を開けたダナはその向こうに居た人物に、すぐさま扉を閉じた。
「いきなりこれですか、相変わらずつれないお方だ」
「・・・・・・」
 相手は扉を隔てていることも気にせずべらべらと話し続ける。
「約2年ぶりになりますか・・・このようなところでお会いできるとは思ってもいなかった
 ので嬉しいですよ」
「・・・・・・」
 ダナは答えず無視しつづける。
 だが、相手が諦めて扉の向こうから遠ざかる気配はいつまで経っても無い。

「安心して下さい。僕は今回は”別の”用事でこちらに居るのであなたには手を
 だすことはありませんよ」
「・・・・お前は信用できない。何しにきたんだ・・・」



「ハルモニアの神官将が・・・」



「部屋に入れてくれますか?」
「・・・・・・」
 待つことしばらく。
 二人を隔てていた扉がゆっくりと退けられた。
 ダナの因縁の相手、ハルモニア神官将ササライは、笑顔で頭を下げていた。






「どうしていらっしゃるのかと気にしておりましたから、お元気そうな姿を拝見できて
 何よりです」
「僕はその反対。もうずっと会えなくても良かったのに」
 向かいあわせに立ったままダナには珍しくも不機嫌な顔で、正反対に上機嫌な
 ササライを睨みつける。
「・・私とあなたの仲ですのに」
「どんな仲かな?生憎僕には心当たりが無いんだけど」
 ダナは深く吐息した。

「・・腹の探りあいはいい。ここにはいったい何のために来た?」
「ご存知でしょう?ハイランドはハルモニアの庇護国。友好のために神官将である
 私が出向いたとしても何も不思議では無いでしょう」
「表向きはね、・・・で、本当の目的は?」
 ササライは微笑を浮かべる。
 ダナの記憶にあるその顔はいつも無表情か不機嫌そうなものばかりだったので
 妙に違和感を感じずにはいられない。

「ハイランド皇国にある真の紋章をご存知ですか?」
「・・・確か、獣の紋章とかルカが言っていた」
 だが、その紋章はこのハイランドへ預けられて以来1度も使われたことが無いはずだ。
「・・・まさか」
 ダナはあることに思いあたり、ササライに詰め寄る。
 ササライは微笑を崩さず、ダナの右手を取りその甲へと口づけた。

「私に与えられた命令は獣の紋章を覚醒させ、持ち帰ること」
「馬鹿な。あの紋章は・・・人の血を糧にしてその力とすると聞いている。しかも
 その血は半端な量では無いという。・・・このハイランドを血に染める気か?」
「別に生贄の血はハイランド皇国のものでなくとも構わないのです。都合のいいことに
 今は同盟諸国と戦闘中。流す血には困らないでしょう」

「ササライ・・・・ルカに何を吹き込んだ?」
「さぁ・・・」
 のらりくらりと追求をかわすササライにダナの苛立ちが募る。

「・・・ルカを利用することは許さない」
「何故、それほどルカ皇子に拘るんです?・・捕えられているわけでは無いのでしょうに」
「そうだと言えば?」
「ご冗談を。ハルモニアの包囲網さえかいくぐったあなたが・・・たかがハイランドごとき
 の手に負えるわけがありません。何か弱みでも握られましたか?」
「僕の弱みにつけこもうとしたのはそっちだろ。僕がハイランドに・・ルカの傍に居るのは」
「居るのは、何故です?」
「・・・それこそササライには関係ない。僕とは別の用事で来たというのならこれ以上
 話すことは何もない」
「そうはいきません」
 ササライは背を向けようとするダナを押しとどめ右手をつかむ。
「あなたはまだご自身のことをよくわかっていないらしい。私があなたに用ある無しに
 関わらずあなたがこのハイランドに居るという意味が重要なんです」
「・・・・・・」
「あなたの所持しているソウルイーターは宿主の周囲へ破滅を招く紋章。好む好まざる
 とに関わらず死を運ぶ。27の紋章の中でも最も呪われたもの。それがこのハイランド
 に何ももたらすか・・・」
 ダナはササライの手を振り払うと微笑を浮かべた。
「そんなことは・・・あらためて言われなくてもわかっている。どれほどの魂をこの紋章で
 葬っただろう・・・僕のまわりには死が満ちてる。でもそんな僕を望んだのはルカだ。
 ルカがそれいいって言ったから・・」
「・・あなたはそれでよろしいんですか?ルカ皇子のことを大切に思っているんでしょう?」
「うん。今一番大切な人、かな。失いたくなんか無い。・・・でも安穏な人生などルカは
 望んでいないから。戦い続けることを選んだ彼を止めることなんて出来ない」
「・・お優しいことですね」


 パァン・・・ッ。


 ダナの手が、ササライの頬を叩いた。


「・・・心にも無いことを言うな。僕は優しくなんか無い」
「私に手をあげるなどあなたくらいのものですよ。まぁ、いいでしょう。今のところ
 あなたが私の邪魔になることも無いようですし、退散いたします。ですが・・・」
 ダナはササライに背を向け、一切を拒絶する。



「運命は変えられませんよ」







  


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