【ルカ編】

≫9 Sacrifice






生贄を
血を肉を

飢えたる白狼に
その身を捧げよ











 ルカが出征でルルノイエの王宮を留守にして1週間が経った。
 その間、ダナは書庫に通いつめあらかたの書物を読破した。
 そうするとやることが無くなり暇になる。
 ダナの相手をしてくれるだろう限られた相手は、ルカと一緒に行ってしまって
 いるので話すら出来ない。
 今回の戦はかなりの戦力を投入してのものらしく、主要な武将はすべて出払って
 しまっていて、ルルノイエは閑散としていた。

「今なら簡単に陥ちるだろうな、この城・・・」
 ダナのとんでも無い一言も聞く者がおらず、ただ空気に溶けていく。
「・・・外に出ようかな。ちょっとだけならバレないよね・・・?」
 ルカが管理する宮内においてこそ自由に出歩くことを許可されているダナだったが
 その外に出ることは禁止されている。
 だが、別に見張りの兵士など居るでも無いし形ばかりの禁止令となっている。
 それをダナは今まで律儀に守っていたのだ。

「城のまわりだけだから、ね・・・」
 決めるやダナは棍を手にとり、立ちあがった。



















 外に出たダナは、ルルノイエ城を見上げていた。
 こうして外から眺めるのはルカに連れてこられて以来になる。
 そのときは立ち止まることなくすぐに門の中へ入ってしまったのでゆっくり鑑賞する
 暇も無かったのだ。

「・・・きれい」
 白亜の城は繊細な造りのおよそ守護の役には立ちそうに無いものだったが、
 この城まで攻められることなく続いてきたブライト王家の誇りの象徴でもある。
 東西南北、中央にそびえ立つ細い尖頭の頂点にはブライト王家の紋章が刺繍された
 王旗がたなびいていた。
 こんな優雅な城でどこをどうすればルカのようなモノが出来上がるのかと、ダナは
 不思議に思わずにはいられなかったが、外見と中身が違うのは何も人間ばかりでは
 無いということなのだろう。
 いくら城が優雅であっても、その内情は権力闘争の戦場であったのだろうから。

 (まぁ、ルカだって性格はともかく、いい服きて静かにしてれば十分皇子らしく見えるか)

 その姿をついつい想像してしまったダナはくすりと笑いを漏らした。



「・・・失礼」
 そんなダナの背後から声が掛かった。
 ダナは驚いた様子もなくゆっくり振り向くと20歳前後の物静かな青年が立っていた。
「突然に申し訳ありません。私の名はクラウスと申します。あなたはダナ殿ですね?」
「うん。クラウス、さん?キバ将軍のご子息の?」
「よくご存知ですね」
「ルカがよく話すからね」
 どこか悪戯めいた顔でダナはクラウスに笑いかけた。
「それで、僕に何の用かな?」
 ダナは笑顔のまま何も知らないような顔で問いかけたが、内心ではルカの不在に
 ダナが独りになるのを相手が待っていたのだろうとは察していた。

「あなたは、何者なのですか?」
 クラウスは前ぶりなく単刀直入に聞いた。
「何者も何も・・僕は僕なんだけど」
「ではどうしてルカ皇子はあなたのことを殺さないのです。今まで皇子に逆らった人
 たちは必ず死を与えられてきました。けれど、ルカ皇子はあなたのことを殺さない
 ばかりか・・・非情に大切にされていると聞きました」
「さぁ?どうしてだろう」
「はぐらかさないでいただきたい」
 クラウスは怒ったようにダナに一歩近づく。
「あなたはルカ皇子の何なのです!」
「恋人だって言えば満足?」
 驚きに目を見開いたクラウスの顔が赤く染まった。
「・・・くすっ、嘘。僕とルカはそんなのじゃないよ」
「・・・っでは!」
「そんな優しい関係じゃないんだ。僕はルカと契約しているだけ。彼がその死を迎える
 そのときに・・・傍に居るってね。ルカは・・・僕のことを死神と呼んだよ」
「な・・っ!?」
 ダナがくすくすと笑う。
 その笑いを誤解したクラウスは今のも冗談だったのかたダナを見るが顔は笑って
 いても目が笑っていない。
 見た目はクラウスよりも5つは年下だと思われる目の前の少年が死神などと
 何故そんなことをルカが言ったのか信じられなかった。

「・・あなたは、人間でしょう」
「クラウスさん。あなたは優しい人だね」
「何を・・・」
 そういって浮かべたダナの表情にクラウスは動揺した。
 まるで全てを包みこむような・・・その表情に。
 軍師として感情を表に出さないことは自信があったはずのクラウスは先ほどから
 ダナの言動に無様なほど翻弄されている。

「あなたもキバ将軍も・・・このハイランドに居る人は皆まっすぐで不器用だよね。
 その最たるものがルカだけど・・・」
「・・不器用、ですか?」
 クラウスの口調がとてもそうとは思えない、という色を含む。
「うん。戦における敵と味方は相対的なものであって絶対的なものじゃない。正義と
 悪も同じこと。同盟軍にとってルカは悪鬼にも等しい存在だけど、僕にとっては・・
 ただの不器用な一人の男・・・もっとうまく立ち回れば協力関係の低い同盟軍なんて
 すぐにハイランドに統合できただろうに・・・ね?」
「・・・・・・」
 クラウスは儚げな少年から飛び出す予想外の言葉に驚きすぎて言葉が無い。
 ルカの不在を狙ってダナに近づいた本来の目的さえ忘れてしまいそうだった。

「本当に・・あなたはいったい・・・」
「ダナ。・・・・ダナ=マクドール。そういえばわかるかな?」
「・・・・・?」
 どこか聞き覚えのあるその単語。 
 それが意味するところがすぐには思い浮かばず、気づけばダナの姿は消えていた。
















 ダナはクラウスと別れてから城を一周すると自分の部屋へ戻ってきた。

「・・・ふ、余計なこと話したかな・・」
 どこか自嘲的に笑ったダナは疲れたようにソファへと身を沈めた。
 その途端。

「・・・っ」
 ダナは小さく呻き声をあげると右手を庇うように床へ転がった。

「・・・ソウル・・っイーター・・っ!!」
 蒼白な表情に冷や汗が浮かぶ。
 そのままダナは意識を失った。






   

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