【ルカ編】
≫10 Enthronement
ああ、闇だ。
闇が全てを喰い尽くす。
・・・・ナ。
呼ぶな。
僕を呼んでは駄目。
僕はすべてを喰い尽す闇なのだから。
「ダナっ!!」 誰かが叫ぶ声に目を開けると、そこには鬼気迫る表情のルカの顔があった。 「・・・・変な顔」 「な・・・・っ」 思わず漏れたダナの一言にルカは絶句する。 「お前・・・・くそっ。もういいっ!」 「・・・???」 投げやりにそっぽを向いてしまったルカ。 今いち状況が把握できないダナは、そのルカの袖を咄嗟に掴んだ。 「・・・・っぅっ!」 その右手がずきり、と痛む。 予想外の悼みに顔をしかめたダナは、次に襲ってきた吐き気に寝台へ突っ伏した。 「・・・ダナ?・・・ダナっ!」 「・・・だい・・・じょう、ぶ・・・」 蒼白な顔でそんなことを言っても信じられるわけが無い。 見かけに反して意地っ張りなダナに、ルカはそれ以上声をかけることはなく、 ダナが落ち着くまでその背を優しく撫でていた。 「・・・もう、大丈夫。ありがと、ルカ」 苦痛に体力を使い果たしたダナは寝台へぐったりと身を横たえ、赤味が僅かに 戻った顔でルカに微笑した。 「・・・何があった?」 「・・・?別に何も・・・・て、ああ。そういえば僕はどうしてベッドで寝てるんだろう?」 あれ?あれ?と首を傾げるダナにルカは大きく息を吐いた。 「お前は床に転がっていたんだ。俺が帰るのがもう少し遅ければまずは凍死していた だろうな」 「床に・・・」 ダナはぼんやりと視線を宙に向ける。 (確か・・・) 忘れていた記憶を思い出すにつれて、ダナははっと右手を押さえた。 (あれは・・・あの感触は・・) 「魂が・・・命が、たくさん・・・・消えた」 虚ろに呟かれたダナの言葉にルカの顔がこわばった。 「・・・ルカ、ミューズで何をしたの・・・・?」 「それは・・・・」 ルカを見る静かなダナの瞳にルカは動揺する。 そこにあれほど嬉々としてミューズ市民を紋章の生贄に捧げた狂皇子の姿は 片鱗も無い。 「ルカ」 「・・・・・」 「・・・これからも、あなたはその身に血を浴び続けるんだろうね・・・」 そしてダナには止めることも出来ず傍観することしか許されていない。 ダナは眼前に右手を持ち上げた。 (・・・ああ、僕はこの身を呪う。この終わりなき命を) ソウルイーターがある限り、ダナはルカと共に死ぬことも出来ないのだ。 「・・・・すまなかった」 「・・・・は?」 いきなり頭を下げるルカにダナは目を丸くする。 ルカは少しうつむきがちに何故かバツの悪そうな顔をしている。 「だから・・・その、な。どうやらお前が倒れたのは俺のせいだのだろう?」 それでルカは謝っているらしい・・・あのルカが。 「・・・熱でもあるの?」 あの傍若無人が服を着て歩いているようなルカの殊勝な姿にダナはその額へ 手を置いた。 ・・・熱は無いようだ。 「お前な・・・」 ルカはあまりなダナの言葉にがっくりと肩を落とす。 心配して、悪く思って謝ったあげくにこれではルカも浮かばれない。 ルカにとってダナは未知の生物だった。 普通の人間ならばルカと接するときは恐れているか、怯えているか、はたまた薄ら 笑いを浮かべて追従するか、そんな態度しか取らないというのいに目の前の、ルカに 比べれば一周りも二周りも小さな少年はどこまでも自然体だった。 「らしくないよ、ルカ。いつものあなたなら、”それがどうした”くらい言って鼻で笑って いるよ。それよりも・・・」 ダナはよいしょ、と寝台から身を起こす。 「・・・・??」 不審な表情を浮かべるルカの腕を取って引き寄せると、その耳元でダナはそっと 囁いた。 「おかえりなさい」 ルルノイエの王宮内は、ジョウイとジルの結婚式、『騎士の誓い』が執り行われて いた。近親者だけで行われる予定のそれは、けれど、ささやかな祝いムードを 王宮内に漂わせている。 ダナもジョウイを祝おうと部屋を訪れたのだが、迎えてくれたジョウイの顔色を見て 眉をしかめた。 「顔色が悪いね。ルカが何か無茶させた?」 「い、いえ・・・」 「そう?遠慮しなくていいんだよ。後でちゃんと叱っておくから」 「・・・・」 複雑な表情をジョウイは浮かべた。 目の前の少年にかかると、狂皇子ルカもまるで躾のなっていない犬のようだ。 「本当に無茶は、駄目だよ?」 「・・・・・はい」 ダナはジョウイよりも幾分背が低い。 覗きこまれ、その瞳を直視してジョウイは眩暈を感じた。 底を感じさせない深い深い色・・・・・ (いったい、この人は・・・どこまで気づいているのだろう・・・) ジョウイは問いかけることもできず、とまどった。 「そうだ。結婚のお祝いに一つおまじないをしてあげよう」 「・・え?」 ダナはにっこり笑うとジョウイの右手を取り、手袋をはずした。 「何を・・・っ!?」 ジョウイの右手にある黒き刃の紋章が、ぽわぁと光を放っていた。 「・・・きっとこれから君は辛く、苦しい道を歩まねばならないだろう。そして最期の時。 君は選ばなければならない」 「・・・・・」 ジョウイは抑揚なく、淡々と告げるダナを見つめる。 「その時に、素直になれるように・・・」 ダナは持っていたジョウイの右手を面前に捧げると、その甲に触れるような口づけ を落とした。 「僕からのおまじない」 にこり、と笑ってダナがジョウイから離れると、刃の紋章の光も消えていた。 その翌日。 神殿で、『騎士の誓い』が執り行われている最中。 ジョウイの面前で皇王アガレス=ブライトが急死する。 そして、新皇王としてルカ=ブライトが、その座に即位した。 |