【ルカ編】
≫11 Solitude
即位式典を終えたルカは誰も居なくなった玉座の間で、天井を見上げていた。 ルカにとってハイランド皇王の玉座は同盟諸国を滅ぼすためのただの飾りであり、 形ばかりの名目である。 これからは誰にも邪魔されることなく、己が思う道を突き進む。 たとえそれが数多の血にまみれ、怨嗟の声に彩られた呪いの道であろうとも・・・。 「ルカ」 気配を少しもさせず玉座の間に入り込んだ少年・・・ダナはゆっくりとるかに歩み寄った。 このハイランドにやってきて以来、目立つトラン風の赤い衣裳はしまいこまれ、ハイランド 風の青と白を基調としたすっぽり足もとまで覆うローブのような服を着ているのだが・・。 「お前にその服は似合いすぎたな・・」 ダナにちらりと視線を流したルカはぽつりと落とす。 「どうせ褒めるならもっと素直に褒めてよ」 こうしてルカと対等に話すことができるのも今となってはダナひとり。 ふ、とルカは口元を歪めた。 「おかしなことだ。お前は俺の命を刈り取る死神だというのに、俺はお前を誰よりも近く 感じる・・・」 「・・・・ルカ、寂しい?」 「馬鹿なことを言う。それはお前のほうだろうが」 「・・・・・そうかもね」 ダナは微笑すると玉座に座るルカの、城の中でさえ鎧に包まれたままの手に自分の手を 重ね合わせた。 「僕には、たくさんの仲間が居て、友人と呼べる人たちも居たけど・・・どうしてかな。いつも ずっと・・・寂しいままなんだ」 「・・・・・・・・」 「僕が好きな人は皆・・・死んでしまうから」 「・・・・・・・・」 ルカと目を合わせないままのダナをルカは引き寄せ抱きしめた。 「・・・ルカは優しいね」 「そんなことを言うのはお前くらいのものだ」 抱きしめられたルカの胸の中でダナがわずかに笑いをこぼす。 「・・ねぇ、ルカ。今度の遠征には僕もついて行くからね」 「勝手にするがいい」 珍しいことだと思ったがダナがそうすると言ったことを否定する気はルカには無かった。 「うん。だってルカが居ない王宮は静か過ぎて・・・それに、嫌な知り合いも居るし・・」 「誰だ?」 「秘密。ほら、噂をすると影って言うでしょ」 「・・・・案外、お前は好き嫌いが激しいようだからな」 「ルカは嫌いなものばかりだろうけど」 「お前のことは嫌いでは無い」 まさかそんなことを言われるとは思いもしていなかったのだろう。 ダナは顔をあげると、ルカの顔をまじまじと見つめてしまった。 「・・・・珍しい」 「うるさい」 くすくすとダナが笑う。 ルカはそんなダナを更に強く抱きしめた。 王国の最前線基地はミューズの南にある。 そこで対岸にある新同盟軍と睨みあっているのだが、今回の戦にはルカ自らが大軍を 率いてそこで待機していた。 すでに第三軍がラダトに攻め入っており、第四軍への応援要請が届いていた。 新同盟軍も追い詰めらて抵抗も激しく、なかなか征服できないでいた。 「第四軍はクスクスへ向かわせろ」 だがルカはそれを無視した。 「しかしっ!」 ルカの言葉に軍議に参加していた武将たちが口々に反論の言葉を口にする。 第三軍を率いる将は王国でも重鎮であるキバ将軍である。 その応援要請を断るのは憚られた。 「たかだか街一つ。自軍で陥とせと伝えておけ」 これ以上の反論は無用とばかりに、ルカは姿を消した。 ルカに逆らえば武将たちも命が無い。 彼等は心の中でキバ将軍にわびながらルカの命令に従わざるおえなかった。 だが、たかが同盟軍と侮っていたせいか王国軍は苦戦を強いられることとなる。 その上、第三軍を率いていたキバ将軍が息子のクラウスと共に同盟軍へと寝返った という知らせが届くや、兵ばかりでなく将の間にも動揺が広がった。 「ふん、ブライト王家に弓引く逆賊が!」 伝令の兵に剣を抜き放ちそうになるほど怒り狂ったルカは一気に同盟軍を滅ぼして やると叫ぶが、それを止める者が居た。 「それよりも先にサウスウィンドゥを陥とし、敵の希望を打ち砕くほうが先決かと」 「・・・貴様、俺に意見するか」 ルカに睨まれる覚悟で進言したのは、先日ジルと結婚し、名目上ルカの義弟となった ジョウイだった。 「陛下、同盟軍とはいえたかが烏合の衆。御自ら手を下されることも無いでしょう」 ジョウイと共に軍師として控えていたレオンも口を挟む。 「その烏合の衆とやらに散々辛酸を舐めさせられているようだがな。・・・まぁ、いいだろう。 ジョウイ、貴様は第三軍を率いて先に行け」 「はっ」 軍議は終わるとジョウイは一足先にデュナン湖を渡って行った。 ルカは自分の天幕に戻ると、普段はあるはずの無いダナの姿に妙な感慨を覚える。 「何?」 入り口に立ったまま入ってこようとせず、ダナを見つめているルカに首を傾げる。 「いや・・・」 「クルガンが用意してくれたんだけど、飲む?」 聞いてくるわりに、すでにポットから琥珀色の液体をとぽとぽとカップに注いでいる。 ダナは仕上げに砂糖を二つ落とすとそれをルカの前に差し出した。 「・・・貰う」 「どうぞ」 戦闘中とは思えないほのぼのした空気が漂う。 「・・・お前は何も言わないのだな」 「だって言ってもルカは聞いてくれないでしょ?」 「・・・・・そんなことはない」 「ルカ、”己を知れ”ていう言葉をあなたに送るよ」 「・・・何が言いたい・・・」 「今、ルカが思っていること」 「・・・・・。・・・・・」 短い間だが、ルカがダナに口で勝てたことは無い。 「それに僕は今回のことはこれで良かったと思ってるから」 「何・・」 「クラウスはともかく、キバ将軍は王国というよりはアガレス皇王への忠誠で戦っていた から・・・・その忠誠を向ける先が無くなれば王国に居る必要も無い。だけど、律儀な性格 しているから放っておくと自分の意思を無視して突っ走りそうだし・・・それなら何か目標を 与えて誰かの指揮下においておくほうがいい。・・・ルカとは相性悪そうだし、よく喧嘩して いたものね」 「ぐ・・・」 「ルカはキバ将軍のこと嫌ってなかったみたいだけど、キバ将軍はルカのこと嫌いみたい だったし・・・本当に敵が多いよ、ルカは。不器用なんだから」 「うるさい。お前にだけは言われたくない」 すねたようなルカにダナは微笑をこぼす。 「僕たち不器用コンビだね」 「・・・・・嬉しくないぞ」 楽しそうなダナに苦虫を潰したようなルカの顔。 微妙な空気に包まれた天幕の中でルカは何故か居心地の悪さを感じてはいなかった。 これから戦いに赴くというのに、これほど落ち着いた気分で居ることが出来たのは 初めてのことかもしれない。 戦うと決意したあの幼い頃から、ずっと何かの追い立てられるように戦いを・・・血を 求め続けてきたルカが初めて感じる安息。 そして、最期のひと時だった。 |