【ルカ編】
≫4 Match
ルカとダナの奇妙なやり取りはそれから幾度も目撃されることとなった。 クルガンも最初こそ氏素性の知れないダナを警戒していたようだが、時おり 見せる少年とは思えぬ知性の煌きと威圧感に、徐々に引き込まれつつあった。 また、それはクルガンばかりでも無かった。 「え?試合?」 何となく最近日課となってしまったクルガンとの執務の間のささやかな茶会に 今日は別の人間が加わっていた。 「シード・・お前はいったい何を言い出すんだ?」 その人物・・・シードにクルガンは苦い顔をした。 ハイランド王国。シード将軍といえば近隣諸国では猛将として名高い。 そのシードが珍しくも訓練場ではなく執務室に現れたかと思うと、いきなりダナに 試合を申し込んできたのだ。 「いいじゃないか、クルガン。俺は強い奴と勝負するのが好きなんだよ」 「またお前はそんなことを・・・」 クルガンはまた悪い病気がはじまったとばかりに頭をふる。 「だいたいダナ殿にご迷惑だろうが」 「そんなとこねーもん・・・な?」 シードに同意を求めるように視線を向けられたダナは困惑した表情を浮かべた。 「な、しようぜ!あんた強いんだろ?ルカ皇子に聞いた」 「・・・・・」 シードの言葉にダナはため息をつい、余計な面倒ごとを増やしたルカに後で 文句を言ってやろうと心の中で決意する。 「・・・そうは言われても僕は武器を置いてきてしまったし」 「天下のハイランド王国だぜ。武器なら何でも揃ってるさ。あんたは何を使うんだ?」 シードはどうあっても引く気はないらしい。 「・・・棍だよ」 「珍しい武器を使うな。・・・だが、ま・・大丈夫だろ」 「・・・仕方ないな。一度だけだからね」 「ダナ殿・・・」 クルガンが気遣わしげな視線を向ける。 立ち居振る舞いにキレのあるダナのこと・・・そう、弱いとは思われないがいかんせん 見た目がシードに比べてあまりに華奢なのだ。 ダナの実力を知らない者にとって心配するなというほうが無茶だ。 「大丈夫だよ、クルガン」 だが、ダナは余裕の笑みを浮かべて面倒ごとは早く済ませてしまおうとシードを 促した。 気が気でないクルガンは机の上に山と積もれた未採決の書類に未練を残しつつ 慌てて二人の後に続いた。 もしシードとの試合でダナに傷でもついたら、ルカ皇子が何というかわからない。 その怒りに触れて最悪の事態にならないとも限らない。 狂皇子と名高い、人を人とも思わぬルカがダナだけは特別に扱っていることを 短い間だが幾度も目にしていた。 「悪いな、探してみたんだが棍はこれ一つしか無いらしい」 「いいよ、別に」 手渡された棍を掴み、ダナは感触を確かめてみる。 天牙棍より僅かに長いが太さは同じくらい。 ・・・この程度の誤差ならば問題ない。 「では・・」 「あ、っちょっと待って。シードが持ってるの練習用の刃が潰してあるものだろう? 普段使いなれているので構わないよ」 「・・・・まぁ、そっちがそう言うなら・・」 「ダナ殿」 唯一のギャラリーであるクルガンの非難めいた口出しにダナは笑い返す。 「大丈夫。命のやりとりをしようってわけじゃ無いんだから。これはあくまで試合だよ。 試合。・・・そうだね、シード?」 「ああ、もちろんだ」 試合ができることが嬉しいのかシードは嬉々として頷く。 「・・・・・・」 クルガンに出来るのは精精睨みつけることぐらいだった。 「それじゃ、改めて」 すぅと息を吐くと、ダナはくるりと棍を一回転させ、突き出すように構えた。 気負いの無い、自然な動きは流れるように美しい。 それだけでシードにもクルガンにもダナがその武器を相当に扱いなれている ことを知った。 「・・おもしれぇ・・」 シードも腰から剣を抜き、構えた。 「・・行くぞ!」 大上段から振りかぶったシードの渾身の一撃は棍にあっさりと防がれる。 ダナはシードが力をこめる前に棍を斜めにして流すと一歩下がり、間合いを取る。 そのまま息を整える間を与えず、驚異的な速さでシードに棍を突き出した。 次々と繰り出される突きにシードは剣と体で巧みに避けるが、避けきれない 一撃が服を切り裂く。 それでダナの棍の一撃がどれほどの鋭さを秘めているか察せられた。 あれが当たれば打撲程度ではすまないだろう。 (これは・・・・) まさか、ここまで強いとは思いもよらなかったクルガンはどんどん壁へとシードを 追い詰めていくダナに言葉を忘れる。 ルカ皇子が強いと評しただけのものは・・・ある。 だが、シードも伊達にこのハイランドで一軍を率いてはいない。 圧されつつも反撃の機会を狙っていた。 棍は剣よりも間合いが長いので離れた相手には有効だ。 だが一旦胸元に入られると弱い。 シードは壁に届いたその一瞬が勝負だと思っていた。 (よしっ・・・今だ・・っ!!) 背に壁を感じ、棍がシードの脇をかすめた瞬間。 シードの剣はダナに向かって払われた。 「はっ!!」 渾身の気合と共に。 だが、その払った場所からダナの姿が忽然と消えた。 ・・・いや、対するシードにはそのように見えたのだろう。 ダナは棍を軸にすると、勢いよく頭上へと飛び上がり、シードの背後へまわって いたのだ。 シードの背中に固い棍が突きつけられる。 「・・・勝負あったね」 「・・・・参りました」 言葉と共にシードが剣をおさめ、ダナも棍を引いた。 |