【ルカ編】

≫5 Henpecked









「あんた・・・戦い慣れてるな」

 双方矛を収め、一息ついたところでシードがダナに語りかけた。
 だが、ダナは静かに微笑むばかり。
 あれほど激しく動いたというのに汗一つ流していない。
「腕には自信があったんだが・・・」
 こちらは必死だったというのに、余裕でかわされては再戦する気も失せる。
「あんた、いったい何者だ・・・?」
「シード」
 クルガンが立ち入ったことを聞くな、と目線でたしなめる。
 ルカ皇子が何も言わないのだから自分たちが詮索することでは無い。
「別に・・普通の人だけど・・ずっと旅していたからね。自分の身は自分で守らなけれ
 ばならなかった。それだけのことだよ」
 ダナの言葉は嘘ではないだろう。
 だが、この少年にはそれ以上のものがあるとクルガンとシードの勘は告げていた。

「さてと、もういいよね?・・・あ、この棍貸してもらってもいいかな?」
「他に使う奴も居ないし、別に構わんと思うが・・・クルガン」
「そうですね。ですが一応ルカ皇子にはお伝え願います」
「うん、ありがとう」
 二人に礼を言ったダナは棍を振って去っていく。
 その姿は見たまま年相応なのだが・・・・

「奥が深い」
「全くだ・・」
 クルガンとシードはしみじみと頷いた。




















 戦利品の棍を携え、ダナはルカの部屋へやって来た。
 最近では部屋の主よりも利用頻度が高かったりする。
 理由は簡単。
 ダナのお気に入りの場所のひとつである書庫がこのルカの部屋から近く、そこから
 資料や本を持ち出してダナに与えられた西塔最上階の部屋へ持ち帰るよりは
 ルカの部屋のほうが早いからということらしい。
 いつだったかこんなこともあった・・・。




 *********


 深夜の軍議から帰って来たルカが、早朝会議まで仮眠をとろうと寝室の扉を
 開いたところ、そこにはすでに先客が占領していた。

「・・・・・・」
 ルカは部屋を見渡す。
 間違いなく己の部屋だ。
「・・・おい」
 とりあえずベッドの上に居る相手にルカは声をかけてみるが反応なし。
 もともと気の短いルカはむかっとした。

「おいっ!」
「ん〜・・」
 漸くうめき声をあげて目を開けたダナは、明かりに目を瞬かせながらルカを
 視界に入れた。
「・・・なに?」
「ここは俺の部屋だ」
「ん、そうだね・・・」
 寝起きらしく口調もたどたどしい。
「・・・俺はどこで寝るんだ?」
「好きなところで寝れば・・・?」
 それでもう用は済んだとばかりに目をつむり、ダナはその後、ルカがどんなに
 ゆすろうと声をかけようと目を開けることは無かった。

「・・・くそっ」
 ルカはいまいましげに吐き捨てると近くにあるソファへ目を向ける。

『・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・何故俺が・・」
 ルカは理不尽だと思いつつもソファに身を横たえた。
 






「・・・何でそんなところで寝てるの、ルカ」
 朝、目を覚ましたダナの一声にルカは本気でキレそうになった。
「え?寝るところならあるでしょ?ベッドは広いんだから僕の隣で寝ればいいじゃない」
 あっけらかんと言われたルカは絶句した。




 ***********


 ・・・と、今では誰の部屋なのかわからなくなっているルカの部屋はダナの持ち込んだ
 本や資料で一昔前の閑散さが嘘のように散らかっている。
 それを見るルカもいい加減諦め顔だ。
 クルガンあたりに言わせると、げに恐ろしきはダナ、であろう。


 さて、棍を持ち帰ったダナはそこにルカを発見した。

「こんな時間に部屋に居るなんて珍しいね」
 今はまだ昼をまわっていくらも経っていない。
「ああ。・・・それはどうした?」
「あ、これ。戦利品。訓練場においてあったものなんだけど、貰っても構わないかな?」
「好きにしろ」
「ありがとう」
 ダナは部屋の隅に棍を立てかけると、備え付けてある茶器で紅茶を入れ、書類に
 向かっているルカに差し出した。
「・・・どういう風の吹き回しだ?」
 その紅茶とダナをルカは疑わしげに見る。
「せっかく入れてあげたのに、酷いいいようだね」
 だが、確かにダナは元々トランの大貴族で従者や使用人に給仕されることはあって
 もその逆は無いという環境で育ってきたので、ルカの言うことも一理あることはある。
 だが、ルカのそんな一言もダナには気にならないらしい。
 上機嫌でにこにことルカの向かいにあるソファへ座り、持ってきた本をめくる。
「・・・・・?」
 ルカは不可解なものを感じつつも、まぁいいだろうと問いただすこともなく再び
 手元の書類に視線を戻した。


 ルカにとってダナは不思議な相手だった。
 基本的に人と居ることを好まないルカは仕事や会議で仕方なくというので無い限り
 一つの部屋で誰かと共にあることは無い。
 もしあれば、ルカは苦痛で耐えられず、苛立ちのままに相手を殺してしまうかもし
 れない。それほどにルカにとって他人とは異質である。
 それが、ダナに限ってその苛立ちを感じない。
 むしろ心地よくさえある。
 互いに語りあうこともなく、ただ黙って書類に目を通し、本を読んでいるだけというのに
 ・・・全くおかしな気分だった。


「・・・ダナ」
「ん?」
 ルカの呼びかけにダナは読んでいた本から顔をあげる。
 ルカはダナにそのことを尋ねようとしたが・・・あまりの馬鹿らしさに首を振る。
「・・いや、何でも無い」
「・・・?どうしたのさ。途中でやめたら気になる」
「別に大したことではない」
「そんなのわからないだろ、ねぇ?」
 聞くまで引く様子の無いダナにルカは仕方なく口を開いた。
「おまえは俺と居ることが苦痛ではないのか?」
 思い出すまでも無く、ルカはダナをほとんど強制的にこの国へ連れてきた。
「変なこと聞くね」
 ダナは微笑を浮かべる。
「僕はルカと一緒に居るのが苦痛だと思ったことは無いよ。むしろ居心地いいくらい
 かな。余計な気遣いしなくていいし・・・ルカはどうなの?僕と一緒に居るのは苦痛?」
「いや・・・そんなことは無い。だが・・・」
「だが?」
「何故だ?」
 ルカは本気で困惑した表情でダナに尋ねてくる。
 そんなルカにますますダナは笑みを深くした。
「わからないの?」
「わかるのか?」
「わかるよ。・・教えて欲しい?」
「・・・・・・・・」
 ダナの悪戯っぽい顔にルカは複雑な心情を抱く。







「好きだから、だよ」








「・・・・何?」
「だからね、僕と一緒に居てルカが居心地いいと思うのはルカが僕のことを好きだから」
 わかったかな?とダナは首を傾げ、ルカの顔を覗きこんだ。
「・・・・・」
「ね?」
「・・・・・では、お前は俺のことが好きだということか?」
「そうだよ。僕はルカのことが好きだ」










   

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