【ルカ編】
≫6 Betrayal
いつものようにルカの部屋で本を読んでいたダナは城内の騒々しさに窓から顔を 覗かせた。 奥宮のここからでははっきりわからないが、どこかへ戦に出ていた兵士たちが 帰ってきているらしい。 「さて、勝ったのか負けたのか・・・」 それ次第でルカの機嫌は悪くもなり良くもなろう。 ダナは本を閉じ、立ち上がった。 「ダナ殿っ!!」 本宮へ続く廊下を歩いていたダナは世にも珍しい取り乱したクルガンに呼びとめられた。 「クルガン、どうしたんだい?」 「どうぞ・・・どうぞお助け下さい!」 頭二つ以上は下になるだろうダナへクルガンは必死で頭を下げる。 「クルガン、助けろって言われても僕には全然事情がわからないんだけど・・」 「あ、も、申し訳ありません!」 「いいから、ちょっと落ち着いて・・・まるでシードのようだよ」 途端に憮然となるクルガンに噴出しつつ、ダナは歩きながら話を聞こうとクルガンを 促した。 「実は・・先ほど同盟諸国の一つであるサウスウィンドゥのラダトへ出兵したいたのですが ・・・予想もしていなかった奇策にあい、面目なくも敗れて帰ってきたのです」 「うん、それで?ルカの機嫌が悪くなった?」 「・・はぁ、まぁそれは確かにそうなのですが・・・今回、一軍をまかされていたのは ソロン=ジー殿だったのですが、決して負けることなど無いと思われる兵力を率いて おきながら大敗したことは武将として責めを受けるに十分な理由です。何かしらの 処罰は受けてしかるべきでしょう。しかし・・・ルカ様はそれだけではお許しにならず、 ソロン=ジー殿をまるで罪人のように扱い、兵たちの見せしめにするおつもりなのです」 「・・・ルカがね・・・」 気性の激しいルカのこと、憎き同盟軍におめおめと尻尾を巻いて帰ってきた者を 許すことが出来ないのだろう。 「今回のことはソロン=ジー殿だけの責任では無いのです。軍師として相手の策を 見抜くことが出来なかった私の責任でもあるのです!」 「・・・なるほど、事情はだいたいわかったよ。クルガン、でもルカにはすでにそのことは 言ったのでしょう?」 「はい!それはもちろん・・・」 「その上でもルカがそうするって決めたなら僕にはどうしようもないよ。僕はルカに 何かを命令できるような立場じゃ無いんだから」 「ダナ殿・・・」 クルガンは悄然と肩を落とす。 「そんな気を落とさないでよ、クルガン。確かに僕はルカにソロン=ジーを助けるように 強請ることは出来ない。だけど・・・騎士としての最期を頼むくらいならやってみてもいい。 意味の無いことはするべきじゃないし・・・わざわざ僕のところまで来てくれたクルガンに 頭まで下げられてはね・・・」 「ダナ殿・・・!」 「でも、あまり期待はしないで欲しい。ルカが僕の頼みを聞き入れてくれるかどうかは わからないから・・・」 「ありがとうございます!それだけで・・・それだけで十分です!」 「・・・で、そのルカはどこに居るの?」 「玉座の間のほうへ・・・報告を受けておられてます」 「善は急げていうし、案内してくれる?」 「はい」 玉座のある広間には重苦しい雰囲気が立ちこめていた。 アガレス皇王は軍事の一切をルカにゆだねているためこの場には姿が無い。 代わりにルカがその玉座に座り、見るからに不機嫌な表情で目前で膝をつく武将たちを 見下ろしていた。 そのルカの横には見慣れぬ・・まだ十代であろう少年が緊張した面持ちで直立している。 ダナは今までその少年を見たことが無かったが、ルカの傍に控えていることから ただの少年ではあるまいと推測した。 ダナはクルガンと共に玉座のある一段上がった部屋の右奥、人々から影になった扉から 気配を殺して入り込んだ。 そのため誰も二人の侵入に気づいていない。 「もういい。何を言おうと同盟軍とやらと名乗る豚どもに貴様らが負けたとい事実に違いは 無いのだからな」 「は、誠に口惜しながら・・・」 最前で膝を折り、武装を解いた簡素すぎる姿の男が身を震わせて頭を下げる。 あれがソロン=ジーだろうかとダナがクルガンを見上げると無言で頷き返す。 (なるほど・・・見るからに敗残の将て感じだな・・) 「この上は、この身にかえましても同盟軍に一矢を・・・っ」 「無用だ」 ルカの低く冷たい声に室内の温度が一気に下がった気がした。 自国の将といえどルカの怒りは均等に放たれる。 その逆鱗に触れ、いったい何人が命を落としたことか・・・。 「ルカ様!何卒このソロン=ジーに・・・今一度機会を・・っ!!」 「くどい!貴様はもう用済みだ。役に立つといえば敗残の将がどのような運命を辿るか その首を門前にさらし、見せしめにすることくらいだ」 「っそのような・・・っ!!」 ルカの言葉に周りの者たちが色めき立つ。 ソロン=ジーも顔色を変えてるかを睨むように見上げた。 場が騒然となる。 「ルカ」 一触即発の状態は静かな一声に静まった。 誰も彼も・・・ルカさえも、その声のほうへ視線を向ける。 いったい誰なのかと人々が疑問に思う中、ダナはルカの横へと歩みよった。 ルカは一瞬、何ともいえぬ困惑した表情を浮かべるがすぐに消えた。 「ルカ、将には将の責任の取り方というものがある。同盟軍に勝とうと思うならば、短慮から それを間違えてはいけない」 ダナはルカの肩にそっと手を添える。 華奢なら白い手が、ルカの鎧の上であまりに儚く感じられる。 普通ならばルカがそんな行為を許すはずも無かろうが、ルカはダナの顔を見上げたまま その手を振り払おうとはしなかった。 「今、彼を失うことはこの国のためにはならない。それはルカもわかっているはずだよ」 「・・・・・ダナ。お前が口を出す問題ではない」 「うん、わかってる。それでも言いたいんだ・・・何よりもルカのために」 ルカとダナは互いに見つめあう。 諸将は一国の王子であるルカに敬語を使おうともしないダナに目を白黒させている。 いったい何者なのかはわからなかったが今まで誰もなしえなかったルカへ意見するという 偉業に固唾を呑んで状況を見守っていた。 「・・・・では、どうすればこの国のためになる?」 「そうだね・・・」 ダナはルカの言葉に考えるように頭を巡らせ、緊張するソロン=ジーを見、玉座の傍に 立った少年へ視線を向けた。 「君は誰?」 ダナに問われ、少年はためらうように口を開く。 「・・ジョウイ・・・・ジョウイ=アトレイド・・です」 「こいつがどうかしたか?」 「うん、ジョウイ。君は何か案があるんじゃないかな」 ダナの言葉にジョウイは顔をひきつらせた。 隣に居たクルガンはダナが何を言い出すのかとはらはらしていたが、ダナは微笑を 浮かべたままジョウイを見ている。 ルカもダナにつられるようにジョウイへ視線を移した。 「言いたいことがあるなら言え」 「・・・僕、いえ・・・私に5千・・いえ、3千の兵を貸して下さい」 「ふ、その程度の兵で何が出来る?」 ソロン=ジーが率いた部隊の凡そ十分の1だ。 「グリンヒルを・・・陥落させてご覧にいれます」 ジョウイの言葉に何を馬鹿なと非難の声があがった。 無理もない。 その程度の兵では辺境の町を一つ落とすのせいぜいだったからだ。 「出来るのだろうな?」 「はい」 だが、ルカだけは表情を崩さずジョウイに確かめる。 「では、3千の兵をやる。あとそこの奴も兵卒にしてつける。失敗は許さんぞ」 「はいっ」 ジョウイはルカへ頭を下げる。 ソロン=ジーも一兵卒に落とされるが首が繋がる限り武人として名誉挽回する機会を 与えられた。 ルカはダナを見上げ、ダナは笑顔で頷いた。 |