■ 景王と愉快な仲間たち ■



−拾参−








「何とっ!範国代表は………氾王自らのお出ましですっ!!


 延王の体が傾ぎ、陽子は引き攣った笑みを浮かべた。
 自分たちも参加しているので氾王にどうこう言えた義理では無いが、それでも『王だ!』と名乗って参加しているわけでは無い。そのへんなけなしの体裁を取り繕っている。
 さすが、氾王。
 陽子は妙なところで感心してしまった。


 貴賓席で氾麟と共に観覧していた氾王が立ち上がり、手を振ると…歓声が沸き起こる。
 そこから舞台までいつの間にか用意されていたのか花道が繋がり、その上をスポットライトでも浴びたように歩いてくる氾王は、やはりいつものように女装していた。

「あの格好で動けるのでしょうか?」
「…突っ込むのはそこか、お前」
「今更でしょう。あの花道をいつ準備したんだ、とか。使令に上から花を撒かせるなんて、とか。…突っ込みどころがありすぎて…もう全て『氾王だし』でかたがつきますから」
「・・・・・・・」
 逞しく図太くなった女王に涙が零れそうになる。
 お前はいったい慶をどこへ導くのだ?・・・・と尋ねたくてたまらない。
「ほらほら風漢、始まりますよ!」
 延王の胸中も知らず、はしゃぐ陽子に・・・・・己の無力をひたすらに実感した。







 花道を優雅に歩いてきた氾王は、先導していた従者に舞台を清めさせてから足をつけた。

「おやおや、これはどこかでお見かけしたような顔であるねぇ」
「ははは、何しろ最長寿国なんで。そういうこともあるかもしれませんねぇ」
 ほほほほ。
 はははは。
 和やかに笑っている風に見えて、その空気は決して温かくは無い。すでに戦いは始まっているのだ。
「愚言かもしれませんが、そのような格好で本気で剣を交じわすおつもりか?」
「左様。本気で無くばこのような所に立ってはおらぬ。私は晒し者になる気は更々無いのでね」
 剣の代わりに扇を揺らす。言動が一致していない。
「では、あくまで本気で?」
「手加減は無用」
 にこり、と微笑みあった二人に場内から音が消えた。
 緊迫した空気に、誰もが息を呑んでいた。
 氾王が従者が捧げ持っていた剣を鞘から抜き取る。
 利広も剣を鞘から解放する。どちらも真剣での勝負。但し、冬器を使用することは禁止されているため怪我人は出ているが、死人は出て居ない。


「息詰まる空気に言葉もありませんっ!さぁ、試合開始ですっ!!」


 律儀に司会進行を続ける不顎に、今度給料アップしてやろう…と陽子は密かに決意した。







 向かいあった両者は、しばしそのまま動かなかった。
 剣を持ったまま、相手の力量を見定めているのか・・・意外だったのは、氾王の剣を持つ様があまりに自然体だったことだ。相当に使い慣れていなければあそこまでにはなれない。
 見掛け倒しでは無いということだ。

「そういえば、あんなふざけた格好をしているからすっかり忘れていたが、元はあいつ傭兵をしていたとかいう話が・・・」
「え!?初耳です」
「王になるや否やあの女装姿で、すぐさまただの冗談だろという話に落ち着いたのだが。案外、噂は本当だったのかもしれんな」
「・・・・・・言われてみると、氾王の挙措は素人のものというには隙が無い・・・そもそもあの格好で何不自由なく生活できるということからして徒者ではありませんっ!」
 あな恐ろしや、と頭を振る陽子に『お前も少し見習ってみたらどうだ』と提案しかけた延王だったが、ただでさえ『強く』なり『過ぎ』つつある陽子が氾王と意気投合でもして手を結びあったら、延王にとって不利になることは火を見るより明らかだ。そっと気づかれないように溜息をついた。
「あっ」
 舞台を見ていた陽子が声をあげる。
 静から動へと動き出した舞台・・・鋼が甲高い音をたてて打ち合わされる。
 かなりの速さで打ち合っている・・・利広はともかく、氾王もあの格好のままで足をもつれさせたり、袖を邪魔そうにすることも無い。
 陽子は唸る。
 いったいどうすればあそこまで器用に動くことが出来るのか。

「・・・・今度。是非ともご教授いただかなくては」
「・・・・お前は正装しないのだから必要無かろう」
「確かに正装は大嫌いです。出来ることなら・・・出来なくても出来る限り最大限に拒否したいところですが、どうしても年に数度は我慢しなければならない行事というものがあるんです。実はいつも困っていたんです。大裘では剣を鞘から抜くのだけでも一苦労で…」
「陽子…大裘を着ている時まで剣を携えているのか?」
「いけませんか?武人たるものいついかなる時でも油断はできません」
 武人では無いだろう、お前。王だろう・・・?
「何か?」
「・・・・・・いや、いい」
 陽子はちらりと延王に視線をやったが、すぐに舞台へと戻す。
 反応と利広は互角の戦いを繰り広げているが、利広も伊達に十二国を年がら年中放浪している訳では無い。徐々に押し気味で、氾王は少しずつ後退を余儀なくされている。
 だが、あの氾王がただで負けるわけが無い。




「さぁ、後がありませんっっ!氾王陛下、絶体絶命ですっ!!!」











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