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 ナルトを押し倒した姿勢のまま、スイコウは動きを止めた。






「・・・そなたには物騒な護衛がおるらしい」
 尋常では無い殺気が室内を包んでいた。もちろんナルトが発しているものでは無い。
 ナルトは首を傾げ、とぼけてみた。・・・その気配はあまりによく知った気配だっただけに。
「私には、覚えの無いもの・・・何れのお方でしょう?」
「美しきものには棘がある・・・・動くな。この女の命は無いぞ」
 後の台詞は殺気を放つ相手に向けられたもの。ナルトの首に短刀が突きつけられていた。
 しかし殺気は怯むことなくいっそう濃く、スイコウに向けられる。


「離れろ」


 それだけで相手の心臓を止めかねない殺気を放ちながら、声はあくまで平坦で抑揚が無い。
 ナルトは短刀を突きつけられて戸惑うような表情を浮かべ、スイコウは薄ら笑いを浮かべている。
(イタチの野郎・・・帰ったら半殺し決定)
 ナルトの任務の邪魔をしたのだ。半殺しですむだけ有難いと思ってもらいたい。
「我が命、奪いに来たか」
「そんなものに用は無い。・・・舞姫」
 最後の呼びかけだけが、縋るように恋慕う声音をもって。
「どうやらそなたには熱狂的なファンが居るようだ」
 スイコウは油断なく、短刀をつきつけたままナルトにおどけたように話しかける。
「・・・困ってしまいますわ」
 ナルトは微笑むと、・・・ぼんっと煙をたてて姿を消した。
 かわりに殺気立つ男の隣に影が増える。その姿はもはや歌姫の姿ではなく、暗部の忍服をまとった青年のものに変わっていた。
 スイコウは苦笑を浮かべたまま身を起こし、改めて二人に向き合った。
「その面からすると、木の葉の忍か・・・・それが我に何用か?」
 暗部と対面したというのに動揺もせず、余裕さえ感じさせる。こんな男がただの商人であろうはずが無い。
 スイコウの問いにイタチは何も答えず(何しろイタチの目的は単にナルトを取り戻すことにあったのだろうから)、ナルトは『こいつは・・・』と頭痛を覚えながら代わりに口を開いた。
「貴方を殺しにきた、とは思わないのか?」
 男は薄ら笑う。
「我はそう容易く殺されるつもりは無いが・・・そうであれば、暗部がわざわざ色事の真似などせずとも、出会った瞬間にでも息の根を止めていたのでは無いか?」
 もっともな台詞だ。それだけの実力がナルトにはある。
 それだけに突然現れ、任務を台無しにしたイタチに殺意を覚える。しかし、そんな身内の事情をスイコウに教えてやる義理は無い。

(イタチ・・・)
(依頼人は死んだ)
(・・・・・・・・・。・・・・・・それは、お前が殺した、の間違いだろう)

 どっと疲れがナルトを襲う。今回の任務の依頼人は、『水影』。そんな立場の者をあっさり殺したのか。
 ・・・殺されるほうもどうかと思うが・・・ナルトは全てを放り出し、天を仰ぎたくなる。

(バレないようにしたんだろうな?)
(当然のこと)

 火影とは違い、たいした指導力も持っておらず混迷のみを招いた水影が死したとしても忍界に小波ほどの影響も無いだろう。問題は、依頼人死亡となってしまった今回の任務をどう処理するか、だ。
 前金を貰っているからには、任務遂行の義務もある。
 だが・・・

「風の噂に聞いた」
 イタチはさして興味も無いように抑揚なく告げる。
「水影には年の離れた弟が居る。水影は弟を厭い、何度も殺そうとした・・・」
「・・・・・・。・・・・・・」
 スイコウが不敵に笑っている。
(・・・・・おい、それは・・・・オレが単に兄弟喧嘩に巻き込まれたということか・・・・?)

「愚者である兄が、賢明なる弟に嫉妬するというのはよくある話。・・・なるほど。己の部下の不甲斐なさに、ついには木の葉に依頼をしたということか・・・」
 スイコウの言葉からすると、水影からの刺客はナルト以外にもこれまで幾度となく送り込まれたのだろう。
 そしてスイコウは、平然と生き続けている。
 ナルトは静かに、ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。
(・・・クソ水影が・・・弟を殺して欲しいならそうだと周りくどいことをせずにさっさと言えばいいものを・・・!)
 そうすれば、ナルトはわざわざ舞姫などに変装する必要もなく・・・さっさとスイコウを殺していたのに。

       失礼致します」

 緊迫した空気の中に割って入ったのは、霧忍。スイコウの傍により、耳打ちする。
 スイコウは微笑んだ。・・・そして霧忍はナルトたちを気にするでもなく立ち去った。

「・・・なるほど。兄は、・・・」
 答えられることの無い、わかりきったことを質問するほどスイコウは愚かではない。
「愚かな兄ではあったが・・・我は特に殺したいと思ったことも無い」
 愛情を感じていたからではなく。
「殊更相手をするほどの価値も感じていなかったからか?」
 ナルトの問いに、やはりスイコウは笑う。それが肯定。
「やれやれ、里長など余計な仕事が増えるばかりで良いことなど何も無い」
「・・・・」
       そう考えていたのだが」
「「!!」」
 水の刃が、背後からイタチとナルトの間を切り裂いた。
 池の水が生き物のように天高く突きあがり、水弾を飛ばす。それを二人は巧みに避けながら、スイコウの出方を伺った。





        君よ。我がものにならぬか?」





 スイコウの薄い水色の瞳が、熱を帯びていた。