月 映
*4*
「カスミよ」 「はい、旦那様」 庭に続く正面の障子を開け放ち、夜空に浮かぶ月を愛でながらの贅沢な宴。 スイコウはナルトが次々に酒を注ぐ杯を、間断なく口に運んでいく。顔色が変わる様子も無く、口調や呼吸に乱れも無い。酒に酔わない体質なのか、用意されている酒がそのようなものなのか。 「もったい無いと思わぬか」 「何をでございましょう?」 「相応しき者が在るというに、ふさわしき場所にはふさわしからぬ者が在るということが」 「そうでございますね」 ナルトはあっさりと肯定する。 スイコウが何を指してそう言っているのかはわからないが、客観的に見てそれは肯定しうる事柄だったからだ。深い意味など無い。あくまで、ナルトは招かれた一夜の舞姫に過ぎない。 庭を見ていたスイコウの視線がナルトに向けられた。 「そなたは美しい」 ナルトは無言で微笑んだ。そう見えるように変化しているのだ。否やも無い。 謙遜もする必要は無い。ただ、受け入れるのみ。 頤に手をかけられたナルトは、引き寄せられるままにスイコウに寄りかかる。 「あの月のように・・・そなたは美しいまま、姿を変えるのであろうな」 意味深なスイコウの言葉だった。 「・・・姿は変われど、心は変わりませぬ」 そうではありませんか、とナルトは逆にスイコウに問いかけた。 「そうだな。・・・美しきものは美しいまま、か。その内面の本質までは変えようも無い」 「旦那様は美しいものがお好きですか?」 「厭う者はおらぬだろう。だが・・・そう、好きであろうな。特にそなたのように並ぶもの無きほどのものが」 「過分なるお言葉を頂戴し、光栄にございます」 「ならば、わかるであろう」 「何を、でございます?」 微笑ながらナルトは問いかける。 「手を伸ばせば届くものが目の前にあり。手に入れようと、思わぬ者がおろうか?」 「それが真に届くものであれば、伸ばすのもよろしいでしょう。ですが、見極めを間違えれば二度と見ることも適わぬことになりましょう」 「・・・嫦娥」 月の女神の名を呟く。 「貞淑でありながら、気まぐれで、猜疑に満ちた愚かなる美しき女・・・およそ理想たりえぬ月の女神。いっそ、『かすみ』と名を改めたほうが良いかもしれぬ」 「恐れ多い」 「賢く、真を持ち、神秘の帳に包まれし美しき女」 ナルトはゆっくりと、その身を押し倒された。 心臓に突き立てたクナイを引き抜き、無表情でイタチは崩れ落ちる躯を見下ろした。 死を前にしても、イタチの心が乱れることは無い。 思うことは、ただ一つ。これでナルトの憂慮が一つ減り、喜んでもらえるだろうということだ。 (私からナルトを引き離そうとした・・・・) 老境・・・というにはまだ早いだろうが、忍としては寿命を迎えるだろう40がらみの男。 イタチに傷の一つもつけることが出来ず、この世を去った。 「ナルト」 イタチは夜の闇を見上げ、天に煌煌と輝く月を見た。 男の死など、その脳裏に一かけらとして残ってはいまい。 (迎えにいく・・・) イタチの姿が瞬時に消えた。 |