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 スイコウの視線はナルトを向いている。
 その目には打算と欲望と執着が浮かぶ・・・支配する者の目だった。

「次の里の長は我だ。今以上の待遇と地位を約束しよう」
「だからお前のものになれ、と?」
 ナルトではなく、イタチからの殺気がスイコウを突き刺す。
 ナルトは、ただ笑っていた。暗部面で隠れた向こうで。
「笑えるな。俺が何たるかも知らず、待遇と地位だと?        自惚れるな」
 スイコウの表情にす、と亀裂が入った。
「俺の上に何もなく、俺の行動を束縛するものなど何も無い」
 火影の指示で動いていても、従っているわけでは無い。例え木の葉に所属していようとナルトは常に孤高であり、何者にも束縛されない。本来ならば、火影でさえ頭を下げる立場だ。そんなナルトに望みのままの地位と待遇だと。これが笑止でなくて何だというのか。


 美しく、魅かれずにはいられない・・・けれど、決して手の届かぬもの。
 『嫦娥』       月の女神。


「己を弁えろ・・・その命、長らえたくば」
 天へと突き上げていた水が、見えぬ糸から切断されたように元の場所へと戻っていく。
 屋敷を巡っていた結界が、圧倒的なチャクラに圧されて内側から崩壊した。

「さて、どうしたものかな」
「!?」
 耳元で聞こえた声に、スイコウは身を固くした。頚動脈には鋭い刃が触れている。
 まるで気配もいつ動いたのかさえ察知できなかった。
「お前を殺すことが、俺の任務だったわけだが・・・」
「・・・水影である我を殺せば、里同士の均衡が破れ、混乱を招くぞ」
「弱体化した霧隠れ程度、今更どうなろうとうちにはさして影響の無いことだ」
 生かすも殺すもナルト次第。護衛として張り付いていたらしい水忍もイタチの牽制で近づいて来れない。
「何が・・・望みだ」
 掠れる声に、ナルトが笑った。
「さすが賢明なる水影殿。話が早くていい。・・・何も木の葉の風下に立てと言うわけでは無い。ただ・・・」
 小さく耳元で囁かれた声に、スイコウは怪訝そうに眉を顰め・・・ナルトに問いかける眼差しを向けた。


















 闇の中、木々に紛れて二つの影が木の葉へと向かう。

「ナルト、・・あの男に何を告げた?」
 スピードを緩めることなく並走しながらイタチが尋ねる。結局、ナルトの要求にスイコウは不可解そうな顔をしながらも『わかった』と頷いたのだ。
「お前には関係ない」
 いつも以上に冷酷にナルトは吐き捨てた。
「・・・ナルト」
「イタチ。俺と共にあろうとするなら、邪魔をするな」
 公私混同したあげく、任務に支障をきたすような真似をこれ以上続けるならば離れろ、と。
「たとえ、影を名乗るもおこがましいほどに脆弱であろうと・・・里の長だ。今度勝手な真似をしたら、火影の了承を得るまでもなく、たとえお前が血継限界の血筋であろうと、消すぞ」
 ナルトの怒りがひしひしと伝わってくる。それが怒気であり、殺気ではないことが救いなのか・・・。

「・・・すまない」

 謝ることなど知らない男の謝罪に、ナルトは足を止めた。
 相変わらずの無表情で、叱られた犬のような空気を醸し出すイタチに肩を落とした。
「謝罪はいらない」
 必要なのは、『二度としない』という確約だ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
 だがイタチは口を開かない。いや、開けない。
 任務でならば・・・否、相手がナルトでさえなければどのような虚言さえ弄する男は、ナルトの前だからこそ真実しか口にすることが出来ない。不器用にもほどがある。

「お前は、           俺にお前を殺させたいのか?」
「・・・そう、したくは無いと思われていると・・・自惚れても良いか?」

 自惚れても良いかと尋ねる割に、イタチの目は揺れている。
 本当にこの男は・・・、と頭痛を覚えて額に手を置いた。

「・・・鈍い」
 本当に何て鈍い男なのだろ。このうちはイタチという男は。
 ここまでナルトの任務を邪魔しておきながら、無視されるでもなく、殺されるでもなく、・・・こうして話すことさえ許しているというのに。

 これが『特別』でなくて、何だというのか。


「・・・さっさと、帰って寝る」
「ナルトっ」














 月だけが見ていた。
 ナルトの口元に、悲しむような嘲笑が浮かんでいたことを。