7. 黒の影 







(あ・・・あぁ・・っっいや・・・っ!いや・・・だ・・・・ぁっ!!・・・・・ぁっ・・・)
 
 黒い影が、フロドを覆う。
 全ての光が閉ざされる。
 全てが無くなる。


 全てが。

 




「ああぁっ!!」
 悲鳴をあげて飛び起きたフロドに、周りで寝ていた一同も何事かと目を覚ました。
「フロドっ!?」
「フロド様っ!」
 その中でも真っ先に反応し、駆け寄ったのはサムとアラゴルンだ。
 サムはフロドの震える体を支え、肩で息をするフロドに声をかける。
 アラゴルンは近づいてきたガンダルフに目配せし、他の者は周囲の状況を確認する。
「フロド?」
「・・・・すみ、ません・・・大丈夫、です。ごめんなさい。皆を起こしてしまって・・・」
「それは一向に構わない。・・本当に大丈夫なのか?」
 闇の中でもフロドの顔色が悪いことは一目瞭然だった。
 ガンダルフが膝をつき、様子を見る。
「・・・どうしたのじゃ?」
「・・・夢を見ました・・・本当に、それだけです」
 フロドの躯はまだ小刻みに震えている。
 これほど怯えているのだ。ただの夢のはずが無い。
「どんな夢だ?」
「あ・・・」




   ―――― バギンズ・・フロド・バギンズ・・・・ぅ・・・ぅ・・・・




「あぁ・・・っく・・・・黒い・・・・影・・・・・っっ」
「フロド様っ!」
 リュックから水筒を出そうとしいたサムは、崩れ落ちるフロドに大慌てでそれをひっくり返す。
 アラゴルンの腕に倒れこんできたフロドは、気を失っていた。

 (―――― 軽すぎる)

 小さな体でもサムは相当に重量がありそうだったが、フロドときたらまるで羽のようでは無いか。

「疲れがピークに達しておる・・・・・もしかすると魔王が、夢を侵しているのやもしれぬ」
「魔王が?!」
「このところフロドはずっとよく眠れぬようであったが・・・・・」
 弱音を吐こうとしない頑固なフロドに、ガンダルフは溜息をついた。
「何か、対策は無いのですか?このままではフロドの体がもたないでしょう」
「そうですだ、ガンダルフ!フロド様をお助け下さいっ!」
「うむ・・・」
 ガンダルフは自身の豊かな髭を撫でながら唸る。


「僕が抱いてあげようか?」


「「「「「・・・・・・・・・・・・・は?」」」」」

 一同の様子を木の上から眺めていたレゴラスが、身軽に地に下りフロドに近寄る。

「何をふざけたことを・・・」
「ふざけてはいない。僕たちエルフは魔の力を跳ね返す聖の力を持っている。移動している間は無理だが
 寝ているときならば、少しぐらいはガードできるんじゃないかな」
「ふむ」
 ガンダルフが頷いているところを見ると、レゴラスの言葉は嘘では無いのだろう。
 レゴラスはにこやかに、腕を差し出し、フロドを寄越せと要求している。
 偵察から帰ってきたボロミアとファラミアは、そんな一同の様子を不思議そうに眺めていた。
「・・・・ちょっと待て」
「何、アラゴルン」
「お前がエルフで聖の力を持っているというのは、嘘では無いだろう」
「エルフは嘘はつかないよ」
「だが、わざわざ抱いて眠らずとも結界を張ればそれでいいのではないか?」
「・・・・・・・・」
 アラゴルンの鋭い問いに、レゴラスは動揺する様子もなくにこにこと言い放った。
「だって、そのほうが楽しいじゃないか」
「・・・・・。・・・・・・・」
 ――――誰か、こいつをどうにかしてくれ。
 レゴラスをのぞいた皆の気持ちが一つになった瞬間だった。



 かくして、フロドをレゴラスの張った結界の中に横にし平安は訪れた。
 一人、レゴラスだけはぶつぶつといつまでも文句を言っていたようだが・・・。















「あ、お目覚めになりましたか!フロド様!!」
「・・・・サム?」
 ぱちぱちと大きな目を瞬いたフロドは、明るくなった周囲をきょろきょろと見回し、飛び起きた。
「寝坊してしまったかい!?」
「大丈夫ですだ。これから食事ですから」
「そんな・・・」
 それでは寝坊も同じだ。何も手伝えなかった。
「ああ、起きたのか。おはよう、フロド」
「あ、おはようございます、アラゴルン・・・あの・・・」
「気に病むことは無い。・・・ああ、随分と顔色がよくなったな。昨夜は死人のような顔色だったぞ」
「昨夜・・・・?」
「覚えてないのか?」
「・・・・・・?・・・・・・っ!!」
「フロド様!」
 昨夜のことを思い出したのか、フロドの顔から血の気が引いた。
 口元に手をあて、大きく喘ぐ。
「フロド!・・・すまない!余計なことを思い出させたか・・っ」
「・・・いえ・・・いえ・・・大丈夫です。すみません・・・・昨夜は、本当にご迷惑を」
「気にするな。・・・・君はもう少し私たちに頼ってくれていい。それほど頼りないか?」
「え!?・・・そんな、とんでも無い!」
 激しく首を横に振ったフロドは、慌てて言葉を重ねた。
「私は、あなた方に頼ってばかりです!頼りないなんて、とんでもありませんっ!」
 戦闘能力の皆無なフロドは、戦闘になっても身を潜めて眺めるだけしか出来ない。
「だが・・・ここ数日、いやそれよりも前からか・・・眠れないでいたのだろう?」
「え・・・それは・・・それは、私が・・・私が弱いから・・・・・」
「フロド。君が悪い夢を見るのは、君が弱いせいでは無い。・・・魔王のせいだ」
「・・・・・・・・・」
「昨夜はよく眠れただろう?レゴラスの結界があったからだ」
「レゴラスの・・・・?」
「エルフの聖なる結界は魔の力を跳ね返す。・・・・君の夢に、魔王が介入してきているのだ」
「そんな・・・・」
 フロドは反射的に胸元にある指輪を服の上からぎゅっと握り締めた。

「――――黒い影、と君は言った」

「・・・・・・・・。・・・・・・・・はい」
 フロドは頷く。
「・・・・この指輪を・・・20年前・・・・現れた黒い影・・・・・あれは、この世にある全ての『恐怖』・・・・ああ!」
「フロドっ」
 両手で頭を抱えるフロドの手にアラゴルンは自身の手を重ね、そのままフロドを胸に抱きしめた。

「・・・ア、アラゴルン・・・・?」



「君は・・・君は、ずっと耐えてきたのだろう」



 見上げてくる青い瞳が、驚愕に見開かれた。
「この20年間、ずっとその黒い影に耐えてきたのだな」
「・・・・・・・・。・・・・・・・」
「俺ならば、・・・いや、他の誰でも耐えられなかっただろう」
「・・・・・・・・。・・・・・・・」
「君は、弱くなどない。むしろ強い」
「・・・・・・・・。・・・・・・・」
「よく耐えてきた。――――俺は、君を尊敬する。」
「アラ、ゴルン・・・・っ」

 フロドの宝石のような青い瞳から、真珠のような涙が零れ落ちた。










「・・・・・・・・朝ご飯が冷めてしまいますだ・・・・・・・・」

 近寄るに近寄れないサムが、皿を持ったまま途方に暮れていた。










卍6   卍8

BACK


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
総受け好きー、なんですけど
どうしてもアラゴルンがいいとこ持っていくんですよねー
そして、変わらずレゴラスはお笑い担当(笑)