8.不訪客
長い旅路もあと少し。 魔王が居城を置く、モルドールの入り口にある黒門にほど近い国境の砦で、一行は最後の休憩を取ることに した。これから先の土地の食物も水も人には口にすることが出来ない。サウロンの魔力に侵され、草木は枯れて荒野が広がり、水は毒を含んでいた。 「ゆっくりと休むのじゃぞ」 「はい」 レゴラスによって結界が張られた部屋の中でフロドは頷いた。 「皆さんもきちんと休んで下さいね」 その中でも特にアラゴルンへとフロドは心配そうな視線を向けた。 もっともそのフロドの心配はまさに図星というもので、彼は扉の前で寝ずの番を勤めるつもりだった。彼、アラゴルンにとって今や『姫を救い出す』ことより、いかにフロドを『守る』のかということが重要になっていた。 「大丈夫だよ、この男はきちんと沈めておくから」 「おいっレゴ・・っ」 「はい、よろしくお願いします」 「フロドっ!」 「フロドの心配もわかるというものじゃ、フロドの警護はメリーとピピンにやらせるによって、お前たちはきっちりと休息を取るが良い。・・・明日からはその休息も取れなくなるのじゃからな」 駄目押しとばかりに、ガンダルフにまで言われてはさすがのアラゴルンも諦めるしかない。 納得はしていない顔つきながらも、しぶしぶと頷いていた。 式のくせに、うとうとしていたメリーはパシリ、という枝が折れる音に目を開けた。 (ピピンはすっかり夢の中らしく、隣でぴくりともしない・・見張りの意味は全く無い) 「・・・アラゴルン?」 「すまない、起こしてしまったか?」 「別にいいけど。何?フロドに用?」 「ああ、ようやくレゴラスを巻いて来たんだ。少しだけでかまないから通してもらえないか?」 「ふーん」 少し考える。 「ま、いいか」 「すまない」 「でもちょっとだけだから」 「わかっている、早々に退散する」 メリーが扉の前を退くと、音をさせることなくアラゴルンは室内に入っていった。 (・・誰も通すなってガンダルフは言ってたけど、少しだけだし、フロドもアラゴルンのこと頼りに思ってるみたい だし・・・いいよな・・・) うんうんと一人で納得したメリーは、再び扉の前に座り込んだ。 そして、いくらも経たないうちにメリーは叩き起こされた。 「こらぁっ起きんかっ!メリー!ピピンッ!!」 「うわっ!」 「おわっ!」 反射的に飛び起きて、直立不動になった二人の前にガンダルフが杖をついて仁王立ちしている。 「見張りが寝ておってどうする!?」 式二人が寝てしまうことを見越していたのか、ガンダルフは雷を一つ落とすと溜息をついた。 「何事も無かったか?」 「無い」 「・・・・・無い」 即答したピピンに対してメリーには間があった。そこを見逃すガンダルフでは無い。 「・・・・メリー」 「え、いや・・本当に何も危ないことは・・・」 「危なくないことはあったのか?」 「・・・・・・・。・・・・・・・」 ピピンのフォローをするのはメリーだが、メリーのフォローをするのはピピンではない。どちらかというと何も 考えずに口を出して余計に状況を酷くする側だ。 「・・・・アラゴルンが、フロドに話があるって来ただけです・・」 「アラゴルン?」 「ええ、つきさっき・・」 「・・・アラゴルンなら、出るときにワシらと同じ部屋におったぞ?」 「え・・・?」 ぽかん、とするメリーを押しのけ、ガンダルフは扉を杖で叩きつけるように開け放った。 「フロド・・・・・・っ!!」 ベッドに居るフロドに、黒い靄のようなものが巻きついていた。 意志を持ったもののようにうごめいている。 「光よっ!」 ガンダルフの杖が部屋を真っ白く染める。 甲高い切り裂くような声が響き、凄まじい風が吹き荒れた。 「何だ!」 「何事だっ!」 休んでいた者たちも集まり、部屋に溢れていた光がおさまる頃、黒い影は消え・・・フロドが静かにベッドに 横たわっていた。 裾をひるがえして慌てて駆け寄ったガンダルフは、フロドの名を呼びながら無事を確認する。 外傷は無い・・・胸元の指輪も元のままだ。 「ガンダルフ、いったい何があった!?」 「敵が侵入しおったようじゃ」 ガンダルフの強い眼光を受けて、メリーとピピンがびくりと身を震わせる。 「フロドは無事なのか!?」 「うむ・・幸い何事もな・・・」 「いや、そうとも言えないんじゃないかな」 いつのまにか、フロドの枕元に瞬間移動していたらしいレゴラスが普段のおどけた表情を捨てて、厳しい視線 をフロドに向けている。 「何が・・・」 フロドの目がゆっくりと開く。 「!!!」 空のように青い輝いていた目。 その片方が・・・。 闇に染まっていた。 |
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::