6. 先触れ
ボロミア、メリー、ピピンの三人を加えて旅の仲間は総勢10人となった。 パーティとしてはかなりの大所帯である。 誰が一番忙しくなったかと言えば、アラゴルンでもガンダルフでも無く、パーティの料理担当であるサム だったりした。 「ねーねー、お昼は何?」 「やっぱキノコ料理だよな?」 「あー!そんなにひっつかれちゃ、料理が出来ないですだ!」 式であるメリーとピピンに、人と同じように食事をする必要は無いはずなのだが、この二人。 誰よりも食い意地が張っている。 食事のたびにサムのまわりを跳ね回り、料理が出来上がるのを今か今かと待ち構えているのだ。 ・・・・ふぅ。 「フロド?」 「え。・・あ、はい?」 何やら溜息をついたフロドに、アラゴルンが声を掛けた。 このアラゴルンも、フロドがサウロンに狙われていると知ってからというもの、態度に微妙な変化があった。 ――― 妙に過保護、なのだ。 「大丈夫か?」 「え・・・?」 「あまり顔色がよく無いように見えるが・・・」 「え、そ・・・そうですか?」 自覚の無かったフロドは、己の顔に手を当てた。 「そうだよ、フロド。無理をしているのでは無い?」 「レ、レゴラス・・・」 偵察に出ていたと思ったのにいつの間に帰ってきたのか。 気配も無く後ろに立たれて、フロドの鼓動が早くなった。 「レゴラス。偵察はどうした?」 「そんなものこの私にかかればさほどの時間も必要ない。異常なし」 そしてフロドに手を伸ばし、抱き上げようとするのをアラゴルンが咄嗟に阻止する。 「――― エステル。私の邪魔をしないで欲しいのだけれど?」 にこやかな笑顔が凶器となって突き刺さる。 「アラゴルン、だ。間違えるな。フロド、サムが食事が出来たと言っている」 「あ、はい。ありがとうございます」 二人の間に挟まれたフロドは、埃のついた白いマントを軽くはらうとじっと心配そうに見ているサムの 元へと歩いていった。 「全く。私とフロドのことに口出しをする権利は、君には無いと思うけれど?」 「確かにな。だが、フロドはあんたの気まぐれに付き合っていられるほど軽い生を歩んではいない」 「遊びだと?」 「そうでは無いと言い切れるのか?」 「心外だな。エルフはそれほど薄情な生き物では無いよ」 「”エルフ”はな」 「私ほど情け深いエルフは居ないよ」 「・・・・・・・」 レゴラスの厚顔無恥さに勝手に言っておけ、とさすがにアラゴルンも口を閉じた。 モルドールへの道は、険しく遠い。 向かう一行の足は日に日に遅くなっていた。 原因は、フロドである。 出発した当初は元気なホビットそのもののようなフロドであったが、今や顔色は青を通りこして血管どころか 骨さえ透けてみえそうな様子。ふらふらと足元も覚束なくなっている。 本人は必死で平静を装おうとしているが、周囲の人間には無理をしていることがはっきりとわかる。 自然と進む速度が遅くなっているのだった。 「フロド様!もっとたくさんお食べにならねぇと・・・こんなにお残しになって」 「いや、サム。十分だよ。ピピンやメリーは足らないようだからあげておくれ」 フロドの言葉に手放しで喜ぶ二人をサムは睨みつける。 式には基本的に食べることは必要では無い。 「フロド様・・・」 だが、そう言われてしまえば無理をすすめることもできない、庭師兼コック且つフロド様大事のサムである。 仕方なくサムはもう一人の保護者であるガンダルフに視線を流した。 しかし、サムと同等以上に付き合いがあるガンダルフはフロドの強情さを熟知している。 静かに首を横に振るのみだ。 助けは別の方向から差し伸べられた。 「フロド、こちらへ」 「?はい」 アラゴルンに呼び寄せられたフロドは首を傾げて、素直に何の警戒もなく近寄っていく。 無骨ではあるが暖かさを感じるその手に、フロドも手を重ねあわせた。 ――――と。 「!!」 引き寄せられたフロドは、突然アップになったアラゴルンの顔に驚いて身を引こうとする。 ・・が、強い力に固定されて身動きならない。 「アラゴ・・っ」 「少し熱があるな。今日はここまでにしよう」 額を合わせて言われ、フロドの顔が赤くなる。 「そんな!私は大丈夫です!こんなところで・・・」 「フロド」 叱るでも無い落ち着いた静かな声に、フロドの口が閉じる。 「私は君との付き合いは浅い。だが客観的に見て君の体力は限界に来ているのは間違いない。無理をして 途中で倒れてはそれこそ元もこも無いだろう」 「・・・でも」 「フロド。旅はまだ長い。パーティのリーダーは私だ」 「・・・わかりました」 フロドはしぶしぶ頷いた。 頑固で現実主義者なフロドは、こんな風に理詰めでこられるのに弱い。 サムやガンダルフが言ったなら絶対に聞き入れないが、それはフロドなりの我が儘でもあるのだ。 こうして一行は少し早いがロスロリアンの森の入り口で体を休めることとなった。 夕食と寝床の準備を手伝おうとするフロドを横にさせ、各々自分の分担をこなしていく。 数日前まで半死人だったボロミアもすっかり調子を取り戻し、ピピンやメリーの遊び相手を無理やりに 引き受けさせられながら水を汲み、薪を拾っている。 森の中で獲物をとってきたアラゴルンは血を抜き、乱雑にさばくと後の調理をサムにまかせ、木の幹に 体を預けて煙草をふかせているガンダルフに近づいた。 「ガンダルフ。少し構いませんか?」 「ふむ。フロドのことか?」 話の早い賢者にアラゴルンは重々しく頷いた。 「それほどに強行軍を強いているつもりはありません。事実、フロド以外の者は変わり無い。いくら体力が 無いとはいってもあの様子は尋常では無い」 「―――いや、もっともな反応であろう。苦しみの源へ近づいておるのじゃからな」 「それは、魔王サウロンの影響だと?」 「そうじゃ。サウロンの魔力にフロドは取り込まれまいと無意識にガードを張り、常に魔力を消費している状態に ある。疲れるのも無理は無かろう」 「常に?・・・そんなことをすれば、魔力がすぐに枯渇し倒れてしまう」 「いや、フロド自身が持つ魔力は少々特異での。最大MPとして現れるものはフロドの持っているMPのほんの 一部にしか過ぎぬ。フロドはあの小さな体に驚くべき魔力を秘めておるのじゃよ。―――おそらく儂よりも 多くのものを」 「あなたよりも?・・・・もしやサウロンはそれが狙いなのでは?」 サムに甲斐甲斐しく世話をされているフロドに視線を注ぎながら、アラゴルンは尋ねる。 「そうかもしれぬし、全く違う理由かもしれぬ」 「そう・・・」 「違うよ。きっとサウロンも、フロドに惚れたのだ」 「「・・・・・・・・・。・・・・・・・レゴラス」」 頭上から落ちてきたレゴラスに、ガンダルフとレゴラスが揃って苦々しい顔で名を呼んだ。 「あの愛らしさだ。無理も無いだろうけれど・・・私は絶対にサウロンにフロドを渡したりはしない。フロドの愛は この私のものだと私が決めたのだから!」 「「・・・・・・・・。・・・・・・・・・」」 ―――― 魔王よりもむしろ先にこいつを始末しなければならないのでは・・・ ひたるレゴラスに、アラゴルンは半ば本気でそう思うのだった。 |