2.魔王の僕






 魔王の復活にともない、世には魔物が溢れ、凶暴性も増していた。
 日のあたる街道沿いにもその姿は容赦なく現れ、一行に襲いかかる。
 しかしながら、桁外れの攻撃力を誇るアラゴルンや、続くファラミア、レゴラス、ギムリにかかれば雑魚同然。
 仕上げにガンダルフが広範囲魔法を唱えれば敵はものの5分もたたずに姿を消した。
 その間、フロドはといえば完全に非戦闘員と化し、サムとともに皆の邪魔にならぬようにと叢に身をひそめて
 いた。時折、戦闘で傷を負うことがある仲間が出ると、傷に小さな手をかざし回復魔法を唱える。

「・・・・ふぅ、大丈夫ですか?」
 ぱっくりと口を開けていたギムリの手の傷はフロドの呪文によって跡形も無く消え去った。
「うむ、大事ない。あんたの呪文は実によく効くな」
 これまでかなりの頻度でフロドの世話になっているギムリは感心したように治った手をすがめる。
「いえ、そんなことはありません」
「フロドは慎ましいことですね。ギムリが羨ましい」
 守備力でアラゴルンと張り、俊敏性で誰よりも秀でているレゴラスはこれまでの戦闘で一度たりとも傷を
 負っていない。
「私も、今度の戦闘では傷を負うことにしましょうか」

「駄目ですっ!」

 冗談まじりのレゴラスの言葉に真っ先に反応したのはフロドだった。
「あ・・・・。・・・その、傷つかないなら・・・そのほうがいいから・・・」
 思いのほか激しい反応に僅かに驚いたらしいレゴラスは、うつむいてしまったフロドの手を取り囁いた。
「優しいのだね、フロド。君の心を痛めないためにも、私は気をつけることにしよう」
「・・・はい」
 笑顔で言われ、はにかんだフロドの頬をレゴラスがつつく。
「!!」
 それに目をむくのは、フロド様命のサム。
 悪い虫が・・っと間に入ろうとするがそう簡単には入らせてくれないのレゴラスである。
 
「レゴラスっ!フロド!・・・行くぞ」
 そこに救いの神か災いの神か、アラゴルンが声をかけた。
 ちっと舌打ちしたレゴラスと一安心したサムはフロドを促し前方に居るアラゴルンとガンダルフの元へ急いだ。
「アラゴルンもファラミアも怪我はしませんでしたか?」
「ああ、大丈夫だ」
 フロドの問いかけにアラゴルンが答え、ファラミアも頷く。
「そうじゃぞ、フロド。アラゴルンもファラミアもおよそ心配とは縁遠いところにおるからしてな」
 ガンダルフは笑ってそう言うが、フロドは沈んだ顔のままだ。
「どうした、フロド。君こそどこか怪我でもしたのでは無いか?」
「いいえ。・・・ただ、僕は戦いの役に立たないし、怪我を治すことくらいしか出来ませんから・・・」
 どうやらそれがずっと気にかかっていたらしい。
 アラゴルンはぽんぽんと肩を叩くと気にするなと告げる。
「適材適所という言葉がある。君は戦うことには不得手かもしれないが君の他にはこのパーティで回復の呪文
 を唱えることが出来ない。それにギムリもガンダルフもお墨付きの腕だ。気にすることなどない。君は十分
 役に立っている」
「・・・・ありがとうございます、アラゴルン」
「そうですっ!フロド様はよくやってらっしゃいますだ!」
 アラゴルンにサムが相槌を打つ。実のところ誰が一番役に立たないといって、彼が一番何もしていない気も
 するが、パーティの食事をほとんど野宿という旅ながら潤いあるものにしているのはサムが居ればこそ。
「そうだよ、フロド。気に病むことなんてない」
 いつの間に近づいたかレゴラスが声をかけた。
 途端にサムが渋い顔になり、アラゴルンも微妙な表情を浮かべる。
 ガンダルフはそんな一行を微笑ましく見守るのであった。

 そのとき、キーンと甲高い、微かな音が響いた。

「・・・っ伏せろっ!ナズグルだっ!!」

 アラゴルンは叫ぶと、傍に居たフロドと共に地に伏せる。他の仲間たちも同様に地に伏せた。
 空を見上げると、黒い点がどんどん近づき巨大な飛竜となって一行に襲いかかった。
 その飛竜を操るのが、全身黒いローブ姿のナズグルと呼ばれる魔王の僕である。
 今までの雑魚など足元に及ばない攻撃力をほこり、腕に覚えのある戦士でも苦戦し、命を落とすことがある。
 ほのぼのとした空気は一変し、緊張した空気に包まれた。

「いいか、フロド。あんたはそこの茂みに隠れて誰かが良いというまで絶対に出てくるな」
「・・っはい」
 アラゴルンに命じられ、フロドはサムと共に身を潜める。
 皆はナズグルを一度やり過ごすと、すぐさま身を起こし各々の武器を構えた。
「油断するなっ!」
 絶好の獲物とばかりに空中から急降下するナズグルを離散してかわし、アラゴルンとファラミアが剣を振るう。
 レゴラスは弓を引き、飛竜を操るナズグルに狙いを定めた。
 矢は凄まじい勢いでナズグルへと真っ直ぐに飛んでいく。レゴラスは続けざまに連射した。
 何本かは打ち落とされるが、届いた矢はナズグルの腕と足に突き刺さった。
 飛竜の体勢が崩れる。
 そこをすかさずギムリの斧風が襲う。
 鋭い爪を持つ飛竜の足が、宙にとんだ。

 凄まじい金属音。飛竜が悲鳴をあげて地に落ちる。

「見たか!ドワーフの力ッ!!」
 ギムリが誇らしげに斧を掲げた。
「油断は禁物だ、ギムリ。ナズグルは、無事のようだ」
 レゴラスは弓を構え、飛竜から飛び降りたナズグルに狙いを定める。
 ゆるやかな足運び、漆黒のローブが風になびく様は、酷く禍々しい印象を与える。

「ぃやぁぁっ!!!」
 アラゴルンが気勢を発しながらナズグルへと打ちかかる。
 国一番の剣の使い手と、王へガンダルフが推薦しただけあって、そのスピードも重さも申し分ない。
 あの、ナズグルが押されぎみで後退していく。
 兜に隠れた顔の奥、赤い瞳が点滅している。

「下がるのじゃっ!アラゴルンっ!!」
 言うや、ガンダルフが呪文を唱えた。
 杖の先から青い稲妻が、ナズグルへ向かって走る!

 
 パシィッ!と音がして、ナズグルの兜が宙に飛んだ。

 はっと誰かが息を呑む。
 そして。






「・・・・っ兄上!!」




 ファラミアが叫んだ。







卍1   卍3