1.詩人麗人







 多分なる不安を抱きつつも、アラゴルンは他の仲間を集めるために街へ出た。
 その後ろにフロドとサムも続く。ガンダルフは用意があるということで不在だ。

「フロド様。迷子にならないで下さいよ」
「わかっているよ、サム。お前もこんなに人が多いのは初めてだろう?気をつけないと」
「はい、わかってますだ」
「・・・・・。・・・・」
 いったいこの二人はどんな環境で過ごしてきたのか。
 ・・アラゴルンには僧侶にコックが従者としてついてくる生活というものが全く想像出来なかった。
「こっちだ」
「はい。アラゴルンさん」
「・・・アラゴルンでいい。俺もフロドと呼ばせてもらうから」
「はい!」
 フロドは僧侶のずるずると服を苦にした風でもなく、器用にアラゴルンに歩み寄る。
「ここに仲間になってくれる人が居るんですか?」
 ギルドと書かれた看板を見上げてフロドがアラゴルンに尋ねる。
「おそらくな。ここはメンバーの斡旋をしてくれるところなんだ」
「そうなんですかぁ」
 フロドとサムはもの珍しげにきょろきょろと見回している。
「俺の傍を離れるな。少々柄の良くないのも出居りする場所だからな」
「はい」
 こくり、とフロドとサムは素直に頷く。


 木戸を開けると、静粛な外とは違い喧騒に包まれていた。
 馬鹿騒ぎというほどでは無いが、あちらこちらで酒食に興じるもの、賭博をしているもの、ただ会話を楽しんで
 いるもの、様々な人々が集まっていた。
 アラゴルンは辺りを見渡し、空いている席を抜け目なく見つけるとフロドとサムを座らせる。
「俺はここの主と話をしてくるから、ここを動くな」
「はい。・・・そのアラゴルン」
「何だ?」
「食事を取っていてもいいでしょうか?」
「・・・・・・・・・は」
 ぽかんと口を開けたアラゴルンにフロドが慌てて付け足す。
「その朝食を食べてからお茶を一回もしていないのでお腹が空いてしまって」
 フロドの言葉を肯定するように、隣に居るサムがいかにもと言ったふうに頷いている。
「・・・・・・・。・・・・・好きにしてくれ」
 再び頭に浮んできた疑問を押し込めてアラゴルンは席から離れた。


「フロド様。何になさいますだ?」
 サムがどこからか調達してきたメニューをフロドへ広げて見せる。
「この旬のキノコ料理なんかいいのじゃないかな。あと・・・オムレツと、サムはどうする?」
「オレもそれで。あとデザートを・・・」
「うん、じゃそれで・・・誰に頼めばいいのかな?」
 給仕の姿は無い。カウンターの中へ直接に言わなければならないらしい。
「それじゃ、オレが行ってきます。フロド様、くれぐれもお気をつけて」
「わかってるよ」
 心配性なサムにフロドは苦笑して頷く。ほんの1、2分のことに過ぎなくてもサムは心配でならないらしく
 何度もフロドのほうを振り返る。すでに習慣のようなものだ。


「隣、いいかな?」


「え・・・・」
 背後から声を掛けられて、サムのほうを向いていたフロドは振り返る。
 そこに、あまりにも眩しい美貌を発見し、固まった。
 フロドを覗きこむような体勢で語りかけた人物は、彼の周りだけが別世界だった。
 肩からさらさらと流れ落ちる真っ直ぐな銀糸、完璧な造作をほこる顔のかたち、雪のように白い肌に
 一対の碧玉の瞳が宝石のごとく煌いている。
「ね?」
「・・・・っ」
 にこりと笑いかけられ、フロドは顔を赤くしてわたわたと腰を浮かせた。
「あ、あの・・っ」
「他に席が空いていないんだ。相席させてもらっても構わないかな?」
「え、あの・・・ええ!・・・たぶん」
 知らない人にはついていかないように、と日頃サムから口煩く言われているフロドは、『でもこれはついて行く
 わけじゃないし・・・』と僅かに逡巡しつつも、頷いた。
「良かった、ありがとう」
「・・・・・」
 何て綺麗に笑う人なんだろう、フロドは感動していた。ついつい相手の顔をじっと見つめてしまう。
 そんなフロドに、くすりと笑い、相手は名を名乗る。
「私はレゴラス、君は?」
「あ、はい。フロドです」
「フロド・・・良い名だね」
「ありがとうございます」
 褒められてフロドは嬉しそうにはにかんだ。その初々しい様にレゴラスは目を細める。


「フロド様!」

 そこへ血相を変えたサムが帰ってきた。
 フロドとレゴラスの間に割り込み、フロドを守るようにレゴラスを睨みつける。

「ふ、フロド様に何の御用ですだ!」
「さ、サム・・・レゴラスは」
 何か誤解しているらしいサムに、フロドは取り成そうとするのだが、聞く耳もたないと無視される。
 レゴラスはその様子を面白そうに眺め、ぽつりと告げた。とても当たり前のように。

「ナンパ」

 フロドがぽかんと口を開き、サムはこれ以上開けば眼球が転げ落ちるのでは無いのかと思うほど大きく目を
 見開き、まじまじとレゴラスを見つめた。

「な・・・・な・・・・っ」
「一人で寂しそうにしていたので声を掛けたんだ。駄目だったかな?」
「だ・・・・駄目ですっ駄目駄目駄目ですだっっ!!」
 サムは顔をぶるぶると振って否定の言葉連呼する。
「でもフロドは許してくれたけれど?」
「・・・・・・・・・っ!」
 レゴラスの言葉に、サムは驚くべき素早さで背後のフロドを振り返る。
「フロド様っ!」
「え?・・・は、え?・・・??」
 フロドは事態がよくわかっていない。良くも悪くも純粋培養な彼の語彙には『ナンパ』という単語は含まれて
 いないらしい。
「ああああ!わたしがお離れしたせいでフロド様が、フロド様がっっ・・・こんな、こんな得体の知れない奴と!」
「・・・凄い言われようだ」
 さすがのレゴラスもサムの悲嘆の凄まじさに苦笑する。
「サム、サム・・どうしたの、落ち着いて」
 元凶であるフロドは事態がよくわからないものの、サムをなだめようと肩をぽんぽんと叩いた。
「これがっこれが落ち着いていられますかっ!だいたい・・・知らない方について行かれてはならないと
 あれほど言っておりましたのにっ!」
「うん、だからついて行っては居ないけど・・・」
 困ったようにフロドは弱気な反論をしてみる。
「・・・・っだいたい!あんたは誰なんです!?」
 きっとサムに睨みつけられ、レゴラスはそれこそ花がほころぶような微笑を浮かべた。





「詩人 ―――――― ・・・麗人変人奇人。さてどれでしょう?」





「「・・・・・・・・。・・・・・・・・」」
 フロドとサムは複雑な表情を浮かべて固まった。








「その、全て、だ」

 答えは別のところから返ってきた。
 主人と話をつけたアラゴルンが戻ってきて、レゴラスに嫌そうな顔を向けていた。


「やぁ、アラゴルン」
 片手を挙げて、レゴラスが挨拶するとアラゴルンはますます眉をしかめる。
「・・・あの、アラゴルン・・・お知り合い、なんですか?」
 おずおずとフロドが尋ねてくる。
「ああ。あまり声高には言いたくない知り合いではある」
「酷いな」
「・・・何でこんなところに居る?」
「私はいつも闇の森に居るわけでは無いから。詩人ならばおかしくは無いだろう?」
 レゴラスはどこからか腕に収まる大きさの竪琴を取りだし、弦を弾いてみせる。
 その姿は夢のように美しい容姿とあいまって、絵になるほどハマっている。
「・・・いつ、クラスチェンジした?精霊使いでは無かったのか?」
「ああ、それは極めてしまったので、今は詩人をやっているんだ。さて、私のほうも聞いていいかな?君は
 フロドと知り合いなのか?」
「・・・・・。・・・・パーティのメンバーだ」
 先ほど知り合ったばかりなので、『知り合い』とは言いにくい。
「職業は?」
「そ、僧侶です」
 碧眼にのぞきこまれ、どきどきしながらフロドは答える。
「とすると、回復や復活専門なのかな。他にメンバーは?」
「・・・・ガンダルフが居る」
 レゴラスが驚きに目を瞠った。
「偉大なる賢者まで担ぎ出していった何をする気なんだい?是非教えて欲しいね」
「・・・・・。・・・魔王に攫われた姫の救出だ」
 どうせ黙っていてもどこかから情報を仕入れてくるだろうと判断したアラゴルンはレゴラスに事情を語った。
「ここに居るということは、メンバーを捜しに来たと判断していいのだろうね。私が立候補しても構わない?」
「・・・詩人が加わってもな・・・」
「見くびってもらっては困る。こう見えても精霊使いの能力はそのまま継承している攻撃力では負けても
 守備力や俊敏性では君には負けないよ」
「・・・・・。・・・・・」
「フロドは、私が加わるのは反対?」
 いきなり話を振られて、フロドは慌てて首を振る。
 決めるのはアラゴルンであって、フロドはただついて来ただけの身だ。
「いいだろう。精霊使いの能力は貴重だ。メンバーに加えよう」
「フロド、今日から仲間だ。よろしく頼むよ」
「は、はい・・・よろしくお願いします」
 サムが横で慣れ慣れしいっと歯をむいているのも気にせずレゴラスはフロドの手を握る。
「・・・・・・・・。・・・・・・・・」
 アラゴルンは選択を誤ったかと早速に後悔した。
「あ、そうそう。私の友人もメンバーに加えてもらおうかな。丁度一仕事終えて暇ならしいから・・・ギムリ!」
 レゴラスの声に振り返ったのは、がっしりした躯つきのドワーフだった。
 斧を肩にかついで、重たそうに身をゆらして一同に歩みより、迷惑そうな顔でレゴラスを睨んだ。
 友人というわりには、あまり友好的な雰囲気では無い。
「斧使いのギムリ、私の友人だ。腕のほうは保証する」
「誰が!エルフなんぞといつ友人になった!俺のことは放ってほいてくれ!」
 肩に置かれたレゴラスの手をギムリが打ち払う。
「・・・と、彼は言っているが」
「あはははは」
 笑って終りか。
 アラゴルンは溜息をつくと、改めてギムリに向かい事情を説明してパーティに誘った。
 レゴラスに友人だと言われているわりに、真っ直ぐな性格をしているギムリは、魔王を討伐し姫を救い出す
 という崇高な使命に、喜んでと頷いてくれた。
 ・・・・そのパーティにレゴラスが居るというのは最後まで気に入らなかったらしいが。











 パーティのメンバーにレゴラスとギムリを加えた一行はガンダルフの待つゴンドールの城へ向かった。
 ガンダルフは城門で彼らを待っており、その横には騎士の装備に身を包んだ男が一人立っていた。
「よく帰った、アラゴルン。フロド。まさかお前たちが仲間になるとは思ってもおらなんだぞ、エルフのレゴラスに
 ドワーフの戦士ギムリよ」
 レゴラスはガンダルフの言葉に笑顔で答え、ギムリは苦りきった顔でふいと顔をそむけた。
「可愛い人に助けを求められて、断るわけにはいきませんからね」
 ね?とレゴラスにウィンクされたフロドは、よくわからないまま頷いた。可愛い人、が誰を指すのかわかって
 いないのだ。
「ガンダルフ、二人を知っているならば話は早い。そして、そちらの騎士は?」
「おお、紹介がまだであったな。彼はファラミア。王国の騎士じゃ」
 ガンダルフの言葉に、ファラミアという名の騎士は進み出ると一同に会釈した。
「ファラミアと申します」
 堅い表情で名を告げる。
「ふむ、これでパーティは揃った。油断は禁物じゃが、なかなかのメンバーと言えよう。さぁ、時は刻一刻と
 過ぎておる。すぐに出発じゃ」
 ガンダルフが用意した荷物をそれぞれに分配し、一行はモルドールへ向けて旅立った。







卍序章   卍2