序章
中つ国でも、最も力が強く領土の広いゴンドールの国は、今、重苦しい雰囲気に包まれていた。 それというのも、中つ国一と名高い美姫アルウェン王女が魔王サウロンに奪われたからなのだ。 王はすぐさま討伐隊を結成し魔王の居城のあるモルドールへと向かわせたが返り討ちに合い王女を 取り戻すことは叶わなかった。王女を心より愛していた王は、国中に姫を救い出すための勇者を募り、 見事に成し遂げた者には望む褒賞を何でも与えるという触れを出したものの、尽くが失敗に終わった。 王国は成す術を無くし、日頃の荘厳華麗さはなりをひそめ、暗く沈み返っていた。 しかし、今、王は最後の希望とも言うべき賢者ガンダルフを王宮へ招いていた。 賢者ガンダルフは人の数百倍の世を生き、その英知には果てがないと呼ばれる存在である。 何とか姫を救う方法が無いかと問うた王に、ガンダルフは告げた。 「アラゴルンという戦士がおります。その剣技は無双、闘神のごとき強さ。彼以外にこの偉大なる事を 成し遂げられる者はおらぬでしょう」 ガンダルフの言葉に、王は重々しく頷き、早速アラゴルンを王宮へ呼び出し、救いを請うた。 「わかりました。私の持てる力を尽くし、姫を魔王より救い出しましょう」 王の頼みを快諾したアラゴルンは、魔王討伐のためのパーティを組むことからはじめた。 アラゴルンは自身の力を過信せず、魔王討伐の困難さを知っていたのだ。 一人目はすぐに決まった。 賢者ガンダルフ。 「魔王は強大な魔法を使う。それを抑えることが出来るのはワシ一人だけじゃろう」 アラゴルンは頷いた。 「それから僧侶を紹介しよう。回復や復活が使えぬと何かと不便だからの」 これにもアラゴルンは頷いたが、ガンダルフが連れてきた僧侶を目にすると、わが目を疑い、ガンダルフが ついにボケたのかとさえ思ってしまった。何しろその僧侶というのが、アラゴルンの腰ほどしかない小さく 華奢な体躯の持ち主で、繊細な顔立ちは到底魔王討伐などという荒事には向かないと思われたからなのだ。 「フロド=バギンズじゃ。こう見えても回復系の腕はワシより優れておる」 その小さな人はガンダルフの紹介に頬を染めながら、アラゴルンを見上げた。 「・・・フロド=バギンズです。よろしくお願いします」 差し出された小さな手を見て、アラゴルンは躊躇した。 このように稚い人物を魔王討伐になど連れて行けるだろうか・・・あまりに酷な所業ではあるまいか。 「・・・姫を助けることが第一義だ。万一の時には君を助けることが出来ないかもしれない。それでも構わない だろうか?」 「もちろんですっ」 「・・・っ」 足を引っ張れば見捨てると暗に告げたアラゴルンにフロドと名乗った僧侶は決意に満ちた声で答えた。 その見上げる、恐ろしいほど純度の高い青の瞳にアラゴルンは息を呑んだ。 吸込まれてしまいそうだと思った。 「フロド様は、オレがお守りしますだっ!」 見詰め合った二人の間に割り込んだのは、フロドと同じように小柄な・・・少々横幅はあったものの・・・ 人物だった。 「・・・ガンダルフ、彼は・・・」 アラゴルンの視線がガンダルフに鋭い視線を投げかける。 アラゴルンは魔王討伐に向かうのであって、ピクニックに出かけるわけでは無いのだ。 それとも彼は、何か特殊な技能を有しているのか。 「オレは、フロド様専属のコックのサムですだ!」 「・・・・・。・・・・・・コック・・・・・」 それはいったいどんな職業だっただろうか、とアラゴルンは一瞬理解できなかった。 コック。フライパンを片手に料理を作る・・・料理人。それ以外に「コック」と称される職業があっただろうか。 アラゴルンには覚えはなかった。 そしてその認識を肯定するように彼の背中の荷物からはフライパンらしきものの柄が飛び出ている。 「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・」 アラゴルンを眩暈が襲った。 こんなことで果たしてパーティの編成はうまくいくのだろうか。 先ゆきには多いなる不安が横たわるのだった。 |