・・・ Bad Contract ・・・
禍痕 1
いっぱいいっぱいの幸せに包まれていたハリーの人生に、一つの嵐が訪れたのは3歳の時だった。 「んーーーーー・・・・」 ハリーを膝の上で遊ばせながらも、小難しい顔でうなっているのは父親のジェームズである。 眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。 ハリーもそれに気づいて、『にらめっこ?』と勘違いしたのか、父親の顔を見つめて同じように難しい顔を してみせる。ただ今、真似っこ大好きなハリーだった。 そのハリーの顔に、うなっていたジェームズもついつい苦笑を漏らしてしまう。 「パパのまけーっ!」 「あー、負けた!今度は勝つぞ〜っ!」 何やってんだ、あんた。 なんて突っ込む人間はここには居ない。 いつもならば、朝から晩までポッター家に入り浸っているシリウスも、実家からのどうしても戻って来い という呼び出しに、不在である。ハリーと別れ際には、『泣かした女の数知れず』と悪名高いシリウスが 滂沱の涙で顔をくしゃくしゃにし、それこそ見られたものでは無かった。 最後には、ハリーもろとも連れて帰ろうとしたので、リリーに文字通り雷を落とされた。 そのリリーも買出しに出て、居ない。 ジェームズにとっては、またとない『ハリーと水いらず♪』の時間なのであるが、ある事柄が胸につかえて またしても、小難しい顔になってまう。 (・・・全く、どうしたものかな・・・) ジェームズを襲っている悩みは、二日前に訪れた。 「・・・は?クディッチの?」 「そう。君はイングランドの代表選手に選ばれたのだよ」 突然、家に現れた妙なオヤジ・・・もとい、国際クィディッチ協議会イングランド支部長は、これほど めでたいことは無いとジェームズの肩をばしばしと叩いてくれた。 「ちょっと待って下さい。いったい何で私が?」 ジェームズは現役のクディッチ選手では無い。リリーがハリーを妊娠していると判明してからは、妻と これから生まれてくる我が子を守るためにと、クディッチ選手を引退し、仕事も自宅で出来るもの以外は 全て断った。 クディッチという激しいゲームで、3年というブランクはきつい。 「代表のシーカーは君しか居ないと、チームメートの皆が推薦したのだよ」 (・・・・あいつら・・・・・・・・・・覚えてろよ) いつもは人の良さそうな目に、きらりと物騒な光を浮かべた。 「これほど名誉なことは無いぞ、ポッター君。代表チームのシーカーといえば、なりたくてもなれない。皆の 憧れだ!実に素晴らしい!」 (全然素晴らしくない・・・・) うんざりした気持ちを、心の奥におしこめて、表面はあくまでも笑顔で接する。 このオヤジ・・国際クディッチ〜長いので省略・・・は、まさかジェームズが断るなど思いもしていないの だろう、次から次へと恩着せがましい言葉を並べ立てる。 「詳しいことについてはまたフクロウ便で送らせてもらうが、合宿は来月から始める予定だ」 (はっ!?合宿!?) ジェームズの口が驚きに、ぱかりと開く。 その情けない姿に、リリーが横でそっと溜息をついた。 「では、失礼するよ」 言いたいことだけ一方的に告げたオヤジ・・・は、ジェームズの返事も聞かずにさっさと帰ってしまった。 しばらく呆然としていたジェームズに喝を入れたのは妻のリリーである。 「凄いわ、ジェームズ。代表に選ばれるなんて、さすがね!」 「・・・・・・本気で言ってるのか?」 「もちろんじゃない。・・・あなただって実のところ嬉しいでしょう?」 「・・・・まぁ、確かに。嬉しくないと言ったら嘘になるよ。でもね・・・代表選手なんかになったら、忙しくて家に 帰ってくるのも遅くなるだろうし、合宿なんて始まったら、それこそ戻れない」 「そうでしょうね」 「そうしたら・・・・僕とハリーの・・・」 「愛の日々が・・・っ(涙)」 大の男が、目尻に涙まで貯め、拳を握り締めて口にするセリフでは絶対に無い。 リリーの目がすっと細まり、鋭い光をのぞかせた。 「こーんな可愛いハリーと一日たりとも離れるなんて・・・・・悪夢だ!」 今のあなたのセリフのほうが悪夢よ、とはリリーは言わない。 夫であるジェームズとその友人シリウスの、度を越えたハリー溺愛っぷりは、この3年間で嫌というほど 身に染みていたのだ。 娘ならともかく息子に・・・・。 しかし、敵もさるもの。夫の扱いには、一家言あるリリーである。 「・・・でも、ハリーもあなたがクディッチで活躍する勇姿を見たら、さぞかし喜ぶと思うわ。まだ3歳だけれど きっといつまでも思い出に残るだろうし・・・・父親の株も・・・上がる、だろうし」 リリーの的を射すぎた言葉に、ざっぱーんと高波があがるほどジェームズの心は揺れた。 「ハリーは・・・喜ぶだろうか?」 「ええ。絶対。何しろ、箒で遊ぶのが大好きだから・・・きっとこの子もあなたと同じで優秀なシーカーに なるわよ。そのときに、父親が代表選手だったなんて、ちょっとした自慢になるじゃない」 リリーに抱かれているハリーは、手足をばたばたさせて無邪気に喜んでいる。 「それに・・・一歩リードできるんじゃないかしら」 「え?」 「シリウスより凄いんだって、ハリーも尊敬するわ」 「・・・・・・」 いよいよもって激しく揺れ動くジェームズの心。 妻の言葉は、悪魔の囁きなのか天使の囁きなのか・・・・実のところ、ただ面白がってるだけなんて。 「・・・・・・・少し考えてみるよ」 「そうね。それがいいわ」 リリーは勝利を確信した。 そして、禍はやって来るのだ。 |