■ 天意、真に非ず ■







 いつもの悪戯っ子の風情が嘘のように、狼狽した様子の延麒。
 不満そうな顔をしつつも、それ以上の言葉は紡がない延王。
 相変わらず無表情で、陽子とは視線を合わせようとしない景麒。

(人がわかりあうというのは難しい・・・彼等とは30年の付き合い。普通の寿命ならば、長い付き合いだと
 言うところだが・・・)

 陽子は目を閉じ、うっすらとした微笑を刷いた。

 こういう、ものなのだろう。
 事態というのは本人の意思など関係なく動いていくもの。
 いくら否定しようと動き出した世界は止まることは無い。
 一か無か。
 突きつけられた要求は、無視することも出来ず、陽子に迫っていた。


「景麒・・・、お前の主としての最後の命令だ。―――浩瀚を呼んできてくれ」
「・・・・・・・・・御意」
 口実だった。
 せめて景麒にその場は見せないほうが良い・・・いや、見せたくない。
 能面のような顔は変わらないだろうが、二人目の主を無くす瞬間など・・・・・・
 陽子は足音も無く、退出した景麒の気配が完全に消えるまで待ち、泰麒を振り返った。

「高里君・・・・・いや、天麒」
「はい」
「誓約を」
「・・・・・・」
「私の気が変わらないうちにしてしまったほうがいいだろう」
「陽子っ!」
「ごめん、六太君」
「・・・・・・・・・・っ!!」
 言葉に詰まった六太は、背を向けて部屋を飛び出して行った。
 ―――今にも泣き出しそうな顔だった。

「全く・・・まるでガキだな・・・・・」
 そして純粋だ。
「延王・・・そこが、六太君のいいところでしょう?」
「どうだか・・・・・・・・・陽子。最後にもう一度だけ聞く」
「はい」
 この三十年。指を数えるほども見たことの無い、延王の真剣な顔に背筋が延びる。
「お前は、天帝になることを選ぶのだな」
 窓の向こうに鳥の羽ばたきがした。

「――――― はい」

 そうか、と延王はただ、静かに頷いた。







 高里要・・・数奇な運命を辿る麒麟は、天麒として陽子の前に膝をつき、額づいた。






 『天命をもって主上にお迎えします』
 『御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げます』







 通りの良い声が、不思議な余韻を伴って陽子の身の内へ入ってくる。

 これまでの景王としての自分。
 少しはマシな人間になって、役に立てただろうか・・・・・?
 
(・・・祥瓊、鈴・・・皆・・・きっと怒るだろうな・・・・・・・・・)
 次々に脳裏に浮かび上がった顔は、泣きそうな怒り顔で・・・・陽子は一人ずつにごめん、と謝った。
 ――――許してもらえなくとも。



 陽子は、瞼を上げ返事を待つ泰麒を碧眼に映して、―――口を開けた。




「―――――― 許す」








 慶東国景王崩御。
 その瞬間、各国で鳳が鳴き。
 白雉が鳴き、落ちた。










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