■ 天意、真に非ず ■
第二部
壱
その日、いつものように他国を放浪していた利広は広い空を見上げて、胸騒ぎを感じた。 六百年以上の生は伊達では無い。 きっと、どこかで何か起こっている。 ぞわぞわと好奇心が疼き出す。 けれど、彼はまだ知らなかった。 それが、どれほどの悲しみをもたらすものであるかを。 知っていたならば、きっと・・・・・・。 ++++++++++++++++++++ 雁国玄英宮。 王と麒麟が揃うと恐ろしいほどに騒がしくなる王宮も、またぞろ脱走されて諦めまじりの静けさが戻って いた。今上の治世五百と数十年、大概の官吏たちはこの主従の脱走騒ぎには呆れつつも諦めているのだが どこにでも例外というものは居るもので、ここにも一人。顔を真っ赤にして怒る人間が・・・。 「あいつらめがーっ!!!今回で4万1千562回目の脱走だ!」 「・・・・・・帷湍、今まで律儀に数えていたんですか・・・・・?」 「ああ、そうだ!悪いか!5万を越えた暁には、俺はあいつの頭をかちわってやるつもりだ!!」 堂々と謀反の宣言を叫んでいる帷湍に、朱衡はとんとんと肩を叩いた。 「わかりました。そのときには是非、私も誘って下さい」 「おお!わかった!」 他国でこんなことを大っぴらに叫んでいれば、すぐさま禁軍が出る騒ぎになるだろうがここは雁国である。 破天荒な主従に、側近たちがどれほど苦労させられているか、知る者は誰もが同情し、憐憫の視線を投げ かけてくる。官吏たちの最大の敵は、今や延王自身であった。 「ですが、帷湍。今日のところは、台輔からは一応伝言を預かっていますよ」 「・・・・何だと?」 顔を歪める帷湍に朱衡は六太から預かった書簡を開き、読み上げた。 「『いい加減にしろ!確かに俺は慈悲の麒麟だけどな、我慢にも限界があるんだっ!これ以上閉じ込められ たら気が狂うっ!失道するっ!!というわけで俺は慶国でバケイションだ!邪魔すんなよっ!邪魔したら蝕 起こして雁国めちゃめちゃにしてやるからなーーーっ!』・・・・ということです」 帷湍は拳を握り締め、息を吸い込んだ。 「・・・あの、クソ馬鹿麒麟めがーーーっ!!!!!!」 その叫びは玄英宮中に響き渡った。 「”バケイション”という意味がよくわかりませんが、とりあえず休暇が欲しいということなのでしょうね」 激昂する帷湍とは反対に、どこまでも朱衡は冷静だった。 「ツッコミどころはそこじゃないだろうが!どこの世界に自分の国を蝕で滅茶苦茶にするなどと脅す麒麟が 居るっ!?麒麟は慈悲の生き物ではなかったのか!?」 「そうですね。この五百と数十年。台輔に対して幾度も抱いた疑問ではあります」 「あいつは絶対、麒麟じゃない!麒麟の皮をかぶった馬鹿者に違いないっ!!!」 「ははははは」 帷湍の言葉を否定せず笑い声たてる朱衡の目は、決して笑ってはいなかった。 「台輔が麒麟か否かは置いておくとして、私としてはまた景女王へご迷惑をおかけしているのだと思うとこう 何やら頭痛に眩暈、心痛も加わって、私のほうこそ失道しそうですよ」 「お、おう・・」 「台輔も主上も、景女王の人のよさに付け込んでお邪魔ばかりされていると・・・私は慶の官吏と会う度にどれ ほどいたたまれない思いをしているか・・・」 「そうか?いつもふてぶてしそ・・・あ、いや!何でも無い!」 朱衡の穏やか過ぎる視線を向けられて、帷湍は慌てて口をつぐんだ。 「確かに、景女王のおかげで台輔と主上が脱走される行き先が限定できて非常に私たちとしては有り難いと 思っていますが、そのお優しさに甘えて馬鹿二人を野放しにしていては雁国の示しがつきません」 「・・・・・・」 終りあたりにかなりに不敬な表現があったように思われるが今更だ。 「ふふふ・・・主上、台輔。次回は目にものご覧にいれて差し上げますよ・・・」 不気味な忍笑いをして不穏なことをつぶやく朱衡に、激昂していたはずの帷湍は蒼くなって壁に張り付 いた。今更ながらに、穏やかそうにしていた朱衡が誰よりも怒っていたと気づいたのだ。 普段静かな人間ほど怒らせると怖い・・・というが、この朱衡と院白沢ほど本気で怒らせてはならない人物 を帷湍は知らなかった。 ほんの爪先ほどではあったが、帷湍は王と台輔に哀れみを催した。 ・・と、その時。 静かな玄英宮に、慌しい足音が響き渡った。 「・・・何だ?」 「失礼いたしますっ!」 入り口に立った官吏は、二人に拱手して告げた。 「鳳が鳴きましてございますっ!」 「・・・・・・・何と?」 『泰王崩御』 二人は目を見開いた。 |