■ 天意、真に非ず ■

第二部






 国の興亡に有り得ないなどと言えるほどの確かなものなどない。
 それでも朱衡と帷湍の二人は、そう言葉にした。泰は波乱大き国であるが、先頃漸く落ち着く兆しをみせたのである。それなのにいったい何があったというのか・・・・

「我々では埒があきません。至急主上にお知らせいたしましょう」
「確かにこういうときすぐに居場所がわかるっていうのは便利だ」
 こんなときだというにも関わらずしみじみと呟く帷湍にさすがの朱衡も呆れた表情を浮かべる。
 この男は良くも悪くも豪胆に出来ている。自分も見習わなければと喝を入れた朱衡だったが、対する帷湍も
実は同じようなことを考えていたりするのだった。
「台輔が居てくだされば、その足でお知らせしていただくのですが・・・何しろ常世一の足の速さですからね」
「・・・・・・そ、そうだな」
「まぁ、無いものねだりをしても仕方ありません。冢宰殿にも連絡がいっているでしょう。相談して準備を進め
ましょう。・・・・また戴の荒民対策についても話し合わなければなりませんね」
 つい先日、縮小していって問題ないだろうと決議したばかりだというのに。
「・・・・あの馬鹿は何か知っていたのか・・・・」
「いえ、おそらく主上も存じ上げないでしょう。主上は決して無能なわけではありませんから・・・」
 荒民大国である雁は常に他国の動向には神経を注いでいる。
 主も他国に何事か兆しがあるときには、それとなく朱衡たちにどんな準備をしておくべきか示唆してくる。
 周囲に不安定な国々を抱えた雁は、荒民がなだれこんでから対策を講じていては遅いのだ。
        ちょっと待て」
「何です?」
「・・・あいつが慶に居るなら、・・・慶でも鳳が鳴いたのでは無いか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、確かに。そうですね」
 知らせるまでも無いということだ。
「では、連絡では無く、強制回収するために成笙に向かってもらいましょう」
「・・・・・・・・・は?」
「戴は慶にとっても縁深い国です。色々と忙しくなるに違いありません。そんなところに主上がいらっしゃっては邪魔になるばかりで迷惑ですからね。ついでに台輔にも『バケーション』とやらは中止していただきましょう。一応、慈悲の麒麟ですから、戴の大事とあれば戻っていらっしゃるでしょう」
「・・・・・・・・・・・・お前、実はかなり怒っていたのか」
 朱衡は鮮やかな笑みを玲瓏たる容姿に浮かべた。
 






 冢宰府にある、院白沢の部屋に出向いた朱衡と帷湍は、すでに知らせを受けていた白沢に招き入れられ、
今後の対策について話し合った。
「漸く落ち着いてきたと、戴の民も仕立てた船で帰途についた者たちは多い・・・それが再び王が斃れたと引き
返してくるとなると期待したぶんだけ民の心も荒れているだろう」
「そうですね・・・一時的なこととは言え、港付近の街の治安が少々悪くなるやもしれませんね」
「何を言っている。そんなときのために軍が居るのだろう」
 片っ端から捕まえてしまえという少々荒っぽい帷湍の意見に朱衡はあからさまに溜息をついた。
「帷湍、罪人にタダ飯を食らわせるためにうちの牢はあるのではありません。民よりいただいている大切な
お金をそんなことに使ってばかりいては非難を受けますよ」
「だが、対策を何も講じねばそれこそ不満が湧き出るだろうが」
「本当に、一時的であれば・・・少々荒業に出てもよろしいでしょうが・・・」
 冢宰である白沢はあくまで冷静に事態を見つめている。
「泰王崩御、と鳳は知らせましたが・・・・・泰麒については何も知らせていないのです」
「・・・・・・泰王は泰台輔を残したのか?」
「わかりません・・・まだ何も」
 白沢は鎮痛な面持ちで首を振る。
「全く情報が入ってこないのです。・・・・これまでずっと荒れていた国のため、再び崩れはじめていたのだと
しても、それがはっきりとは区別できないのです・・・・」
 三人は顔を見合わせ、再度首を振った。
「どうにも主上にお戻りいただかねばならないようですね」
 冢宰の言葉に、得たりと朱衡も頷く。
「行き先はだいたいわかっています。成笙にお迎えに行ってもらおうと思いますが」
「・・・・・・・それがいいですね」
 とびきり早い馬でお願いします、と冢宰に言われ・・・・・・二人は苦笑した。
「全く・・・最近はどの国も落ち着きはじめたっていうのになぁ・・・」
「・・・私は時折天意を疑うことがありますよ。天は本当に王たるに相応しい者を選んでいるのか、とね」
「・・・・・・・・・・」
 朱衡の言葉はおそらく、ここに居る三人誰もが一度は心に抱いた不審なのだろう。否定も肯定もしない。
 ただ、静かな時が訪れる。


           が、それは再び冢宰府に駆け込んできた官吏により破られる。


「鳳が・・・・鳳が再び・・・っ」
「・・・・戴台輔が身罷られたか・・?」
 官吏は盛大に首を横に振り、どもりつつ確かに告げた。






「け・・・・・景王、崩御・・っ!」






          っ!?」

 三人は限界まで目を見開き、喘ぐように口元を震わせ・・・・・顔色をなくした。












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次回は陽子サイドに話が戻る・・・・かな?(おい)