■ 天意、真に非ず ■
漆
| (ほぅ・・・・) 麒麟には在り得ないほどに強い目だった。 だが、この目は延王にとって向けられ慣れた『目』でもある。 延王が陽子を訪れたときに景麒が向ける視線によく似ている。 (つまりは・・・・嫉妬か。―――― 陽子も罪な奴だ) 「延王?」 微笑を漏らした延王に陽子が不審な視線を向けてくる。 三十年の付き合いで、陽子がこれほど困惑し途方に暮れている表情を見せるのは、初めて出会った あの頃以来ではあるまいか。 良くも悪くも自立した女王は、雁の保護を受けながらも決して頼り切ることは無かった。 「モテモテだな、陽子」 「・・・・六太君ですね。あなたにそんな言葉を教えたのは」 「そう怖い顔をするな」 くつくつと喉を鳴らす延王に陽子が溜息をつく。 三十年付き合ってきても、まだまだ掴みがたい人物だと。 「それで、どうするつもりなのだ?」 「いったいどこから聞いていました?」 「浩瀚が退出したあたりか?」 「・・・ほとんど最初から聞いてらしたのですね」 「盗み聞きなんて王の風上にもおけない奴だな」 六太が自身の主を肘で突っついた。 「何を言う。お前もしょっちゅうやっているではないか」 「俺のは純粋なる慈悲の心からの心配だからいいんだ」 「ならば俺だとて国を愁う王の・・・」 「延王、延麒」 「「・・・・。・・・・」」 いい加減にしろよ、という冷たい陽子の目が突き刺さり、さすがの二人も口を噤む。 「ごめん、陽子」 「悪かった」 「いえ・・・」 気持ち悪いほどに素直に謝られ、調子が狂う。 気安くさせてもらっているがやはり彼等は、遥かなる先を進む先達である。 たかだか三十年、朝をもたせた程度で偉そうな顔ができようはずは無い。口ではどれほど大口を叩き 生意気なことを言っていても、心の中では二人を尊敬しているし、目標だとも思っているのだ。 だが、慶には、今・・・再び闇が圧し掛かろうとしている。 陽子にとってこちらで過ごした三十年は決して短い時では無い。 何もわからないまま十二国に連れて来られ、王に奉られて・・・『何故、私が・・』と幾度問うたことか。 泣き言だって言った。 憎しみすら抱きそうになった。 だけれど、陽子は慶の王だ。 そして、確かに、この国を慈しみ愛している。 荒廃から立ち直っていく、国の様子に・・・まるで我が子が育っていくような嬉しさを感じた。 立ち行かないところはまだ多くある。 それでも、着実に慶は前へと進み、民の顔には笑顔が溢れている。 (――――― それを私に手放せと?見捨てろと言うのか!) 陽子は強く首を振り、泰麒を見た。 「到底聞き入れられぬ。私は慶を見捨てることなど出来ない!」 強い意志をみせる翡翠に、泰麒は悲しさを感じながらも視線を逸らさない。 「・・・・では、中嶋さん・・いえ、慶女王。あなたは慶のために十二国を見捨てると申されますか!?」 「・・・っ」 「僕は・・・それでは、何のために・・・戴を見捨てたと・・・あなたを主上としてお迎えできなければ、僕は もう、生きる価値など何一つ無い・・・っ」 泰麒の瞳から涙が一つ、零れ落ちた。 それを見て、目を逸らしたのは陽子ではなく景麒。 耐えるように口を一文字に閉じ、眉ねを寄せた様子はいつもの景麒の顔のように見える。 だが、再び主を失おうとしているその心境とは―――― どれほどに辛いものであろうか。 「いっそ十二国、全て滅ぼしてはどうだ?」 「「「!?」」」 一声に視線を集めた延王は、声は愉快そうでも表情は決して笑ってはいなかった。 「陽子、俺は以前お前に言ったな。しょせん、王座とは血で贖うものだ、と」 「・・・・・はい」 「だが、俺は元来。天邪鬼にできていてな」 「・・・・・・・」 「他人の犠牲の上に、与えられたものをただ享受して玉座に座っているなど、ご免こうむる」 「・・・・延王」 呆気にとられた陽子は、微笑を刻む。 「実にあなたらしいお言葉ですね」 「そうか?俺は雁の王だ。十二国がどうのと言われてもしょせん、他人事だ。天帝がおらず国土が荒れると いうのならば、その荒廃にも負けぬよう国を整えるまで」 「そのように容易いことではありません!・・・このままでいけば、もう里木に子がなることは無いかもしれ ない。そうすればいずれ民は消え、国土も消え、この世界事態が消滅するのです。他人事などと、その ようなこと、間違っても仰ることなど・・・」 「全てが滅びるのなら、なお同じこと。それまで精々楽しく暮らすさ」 「お前なぁ・・・刹那すぎだぞ」 六太が諦めの溜息ととも吐き出した言葉に驚きは無い。 長い付き合いである。その程度のことは平然と言ってのけるだろうと薄々察していた。 「・・・・・主上」 それまでじっと沈黙を守っていた景麒が口を開いた。 ぎこちない笑みさえ浮かべて。 「御心のままに。主上は・・・・・・・・・・陽子様は、私にとり最上の主でございました」 過去形、だった。 |