■ 天意、真に非ず ■








「驍宗様は・・・主上は、僕を責めるどころか、哀れだと涙を流して下さいました。こんな役立たずの僕を・・・
 驍宗様は、許し、世界のための滅びを受け入れることをよしとされたのです」

 泰麒の声は淡々としていた。
 悲しみは底をつき、彼には流す涙は残っていなかった。

「それからは必死でした。―――僕が天麒となったということは、『泰麒』としての僕が死んだということ。
 麒麟が死ねば、選んだ王も死ぬ。驍宗様に残された時間は僅かでした。その僅かの時間で戴の民に
 出来る精一杯のことを成されようと昼も夜もなく尽くされ、ほんの一時の休みさえ取ることも稀でした。
 そんな激務の最中にさえ、驍宗様は僕のことを気遣い・・・天帝たる人物を一刻も早く見つけ出すようにと
 送り出してくれようとしたのです」
 泰麒は自嘲するような笑いを浮かべた。
「ですが、僕は行きませんでした。――― あとわずかの命しか無い戴を見捨てることも、驍宗様のお傍を
 離れることも嫌でした。・・・・・でも、理由はそれだけではありません」
 うつむいていた泰麒は、顔を上げ、陽子を見つめた。
「・・・・・・」
 泰麒の黒い瞳には、慟哭と―――― 歓喜。
 相反するはずの感情が交互に浮かび上がり、消えうせた。

「僕はもうわかっていたから。天麒となった瞬間に――――否。たぶん、一目見た瞬間に、僕は・・・」

 貴女(陽子)は王、だと。
 誰よりも強い王気を纏った、特別な方だと。

「―――― 僕の心は、天意はすでに貴女の上にあった」















「―――― 大層な口説き文句では無いか」












『『―――っ!!!』』



 割り込んだのは、笑みを含んだ低い声。
 ―――隣国、雁の王。延王尚隆。
 背を扉に預け、一同を順々に眺めている。


「――― 延王」
「よう、久しいな。陽子」
 確かに『お越しくださるように』と便りを出したが早すぎる。
「そこの、さぼり小僧を連れ戻しに来ただけなのだがな―――何やらきな臭いことになっているようだ」
「誰がさぼり小僧だ!」
 文句を言いながらも、延麒は緊張していた体から力を抜いた。
 延麒の主、延王は『ろくでなし』ではあるが、『唯の』ろくでなしでは無い。
 知らず、縋るような救いを求めるような目で、主を見る。
 延王は、それに気づいているだろうに、知らぬふりで室内に進み入ってくる。
 自分のほうへ近づいてくる延王に、陽子は立ち上がろうとするが、それを構わぬと手で制し、傍らに
 立った。目の前の泰麒を面白そうに見下ろす。

「お前も、久しいな。『泰麒』」
「―――・・・はい」

 弱弱しく目を逸らすかと思われた泰麒は、予想に反して、ぐっと強く延王を見返した。









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