■ 天意、真に非ず ■
伍
「天帝を選ぶための麒麟、だと!」 延麒が椅子から立ち上がる勢いで叫んだ。 「天帝を選ぶ・・・?王と同じように?・・・そういうことってあるのか?」 いまだにこの世界の仕組みを全て了解しているとは言い難い陽子は首を傾げる。 「そんなことは聞いたこともありませんし、記録にもありません」 鎮痛な面持ちで景麒が首を振る。 「・・・僕も、そう思いました」 ************************ 「天にも朝があり、そこを統べられるが天帝と呼ばれる。この天帝も又、麒麟に選ばれその座へとつかれる。 人と違うは、天帝はすでに人でなく神であること。その選択は人の王を定めるより遥かに厳しく、絶対な ものゆえ。天の朝は一つが久しく長い。誤りは人の世に多大なる不幸を招く」 「そんな・・・ならば、どうして・・・麒麟としては出来損ないの自分などを・・」 「天朝の傾きはの遵帝の頃より兆しがあった。王師をもって国境を越えるは確かに侵略。じゃが、遵帝は そのような意向なく、ただ民を救わんとして為した。・・・天綱は形ばかりが優先し、その目的を果たして おらぬ。争いを無くし、民が平和に暮らせるべく作られた常世。今、その意義は失われんとしておる。 ・・・先頃、ついに天帝は退かれた。今、天には帝はおられぬ」 「!?」 泰麒は驚愕に身を凍らせる。 天帝とこの世の成り立ちなど・・一国さえも満足に見守れぬ麒麟にいったい何を望むというのか。 己などより、余程それにふさわしい存在は幾人も浮ぶ。 「一刻の猶予もならぬ。泰麒・・・否、天麒と呼ばせていただこう。王無き国が荒れるように、天帝無き世界も また秩序が保たれず形を維持することが難くなる・・・この世のすべてが無に帰す」 「・・・っ」 次々と語られる信じられない西王母の言葉の数々に泰麒は何も言うことが出来なかった。 すべてが夢なのでは無いか、そんな願いさえ抱きそうになる。 「・・・・僕には」 無理だ、と続ける言葉を呑みこむ。 自分が泰麒として生を受け、驍宗を選んだように・・・天麒としての自分も否定することが出来ない事実 として、横たわっている。慈悲の麒麟に、それを退けることは出来なかった。 それでも・・・聞かずにはおれないことがある。 「・・もし、僕が天麒となれば・・・戴は・・・驍宗様は、どうなるのです・・・?」 最悪の予感に手が震える。 「・・・泰麒が天麒となるということは、泰麒が消える・・失われるということじゃ。王の命運も共に消える」 「・・・っそんな・・・・それなのに、僕に戴を見捨てて天麒となれと言われるのですかっ!」 悲痛な叫び。 それでも、西王母の顔には何の表情も浮んではいなかった。 「・・・漸く、主上を見つけて、これからという所なのに・・・っ」 「加護は与えよう。・・・王と麒麟が無くとも荒廃を最大限に抑えるように」 泰麒は頭を振る。 いったいそれがどんな慰めになるというのだろう。 「僕は・・・驍宗様に、李斎たちに・・・何と言えば・・・っ!!」 泰麒が元気になって戻ってくると信じている彼等に。 誰がこんな事態を予想しているというのだろう。 「天麒」 西王母の手が泰麒の額に触れる。 表情と同じように冷たいように思われたその手は・・・不思議と暖かった。 「そなたは天帝となる方を、間違いなく選ばれよう」 「・・・・・」 「世界を守り・・・ひいては国々の安寧を守るように」 泰麒の頬に一筋の涙が流れた。 ************************ 「僕は、受け入れました。・・・もし否定すれば、どのみち世界は滅ぶのです。荒れるどころでは無い。戴という 国自体が存在しなくなるのです。―――― 戴に帰った僕は、全てを驍宗様にお話しました」 |