■ 天意、真に非ず ■
参
誰もが微動だにせず、沈黙が支配した。 いったい何が起こっているのか。果たしてどんな悪夢なのか。 ただ、泰麒が景王に叩頭しているという事実が目前にあった。 「・・・いったい、何の冗談?高里君」 冗談など起こりうる事態ではないと知りつつ、陽子は聞かずにはいられなかった。 懸命に笑みを浮かべて、叩頭する泰麒の顔をあげさせようと試みる。 今ならば、まだ冗談で全てが許される。 だが、泰麒は頑ななまでに叩頭したまま、陽子の声を待っている。王の許しを。 「チビ・・いや、泰麒。叩頭する相手が違うんじゃないのか」 「泰台輔・・・あなたの主は・・・」 おそらくこの場で一番動揺しているだろう景麒は、叩頭する泰麒と陽子を交互にみやる。 無表情が崩れ、どこか不安をのぞかせていた。 「高里君・・・どうか、頭を上げて欲しい。私はその言葉を受け入れるわけにはいかない。私は慶国の王。 他の誰でもない、景麒の主なのだから」 「主上・・・」 陽子の言葉に、景麒は吐息のような声を漏らした。 陽子は、人払いをしていて本当に良かったと思っていた。 ようやく国が落ち着いてきたというのにここで、他国の麒麟に陽子が叩頭されていたなどというおよそ 信じ難い『噂』が流れては、民に無用な不安や心配を植えつけることになる。 逆臣に隙を与えることさえなる。 「泰麒・・・何か事情があるのだろう?泰王はどうなされた?」 「・・・・泰王は・・・・驍宗様は・・」 漸く口を開いた泰麒に、三人はほっとする。 ・・・が、続く言葉に再び驚くことになる。 「崩御、されました」 「な・・・」 「すでにその報が各王宮に届いていると思います」 陽子は景麒を振り向いた。 「景麒」 「いえ、何も。私は聞いておりません」 「六太君」 「わからねぇ。昨日からこっちに来てるから」 陽子は身を翻すと客室の扉を開け、女官を呼んだ。 「すまないが、浩瀚を呼んでくれ」 「それでございましたら、すでに・・」 女官は庭院を示す。 そこには浩瀚が陽子に向かって拱手していた。 「お話が済むまで控えておりました。至急お知らせしたきことが・・・」 「・・・・泰王のことか?」 左様に、と浩瀚は頷く。 「先ほど、凰が知らせました。・・・泰台輔がお越しになった用件はそれでは?」 「・・・・・・・」 不審な顔の浩瀚をそのままに、陽子はのしかかる事態の重さに眩暈が抑えきれなかった。 「主上?」 「浩瀚・・・とんでもないことになりそうだ。・・・これは夢ではないのか?」 浩瀚は静かに首を振る。 陽子は吐息をついた。 その常にない主の様子に、浩瀚は首をかしげる。 親しくしていた戴国のこと、衝撃を受けるのはもっともであったが、陽子の吐息にはそれ以上のことが 含まれているような気がしてならない。 浩瀚はちらりと、見えない客室の中に視線を走らせた後、何かありましたか、と問うた。 「・・・少し聞いてもいいだろうか?」 「はい」 「・・・麒麟は自分の王以外に叩頭は出来ないというのは絶対の天の理なのか?」 「?・・・そうであると存じ上げますが」 察しのいい浩瀚にしては珍しく、陽子の言いたいことがわからない。 「そうか・・・すまないが、浩瀚。延王に青鳥を。急ぎ金波宮までお越し願いたいと」 「・・・畏まりました」 「訳は、おそらく話さねばならないだろう・・・だが、今は聞かないでくれ」 「御意」 額を押さえて鎮痛な様を隠さない陽子に、尋常ならざることが起こっているのだと悟った。 浩瀚は拱手すると、御前を辞す。 陽子も再び客室へ戻った。 「陽子」 「主上」 「・・・間違いないようだ」 「マジか・・」 「何ということ・・・」 二人の麒麟は揃って、うめき声を漏らした。 |