■ 天意、真に非ず ■








 泰麒がこちらに戻ってきて20年以上の歳月が流れている。
 当初、麒麟としての本性である角を失い、使令も封じられ、手足ももがれたも同然の泰麒であったが
 李斎と戴に残っていた僅かな忠臣と共に、幾多の苦難を乗り越えて、泰王驍宗を救い出した。
 それが戻ってきてから三年後のこと。
 それから、偽王である阿選を倒し、朝の建て直しを始めた。
 未だ支援を申し出るほど豊かではなかった慶だったが、幾度となく使者を遣わし、時には雁国や他国との
 橋渡しともなり、尽力を惜しまなかった。
 その甲斐あってか、あまり国交の無かった戴と親密な関係を築き上げ、年に一度は互いに王が訪問
 し合うまでになっていた。泰麒もその折には、王と共に来訪し、陽子と蓬莱の話などに興じることもあった
 のだが、今回のように前触れもなく訪れることは無かった。
 そのあたりは、どこかの王や麒麟とは違い、真面目な性格なのである。


「主上」
 金波宮に戻ってきた陽子と六太を出迎えたのは、渋面の景麒だった。
「わかった、わかった。苦情は後で聞いてやるから、高里君・・・いや、泰麒はどこだ?急ぎの用事なのだろう?」
「・・・客殿のほうにお通ししておきました」
 ことさら見せ付けるように大きく吐息した景麒は、そう答えた。
「何の用事か聞いたか?」
 陽子の後ろから姿を覗かせた六太が聞いた。
「いえ、主上に直接お伝えすると」
「泰麒だけか?他には誰も?」
「ええ、余程お急ぎであったのか、転変した姿で禁門へお越しでした」
「転変!?」
 それはさぞかし、皆も驚いたことだろう。
 蓬莱から戻ってきた泰麒に、穢瘁を治した西王母は『今はならぬ』とだけ言い、失われた角などには治療は
 施さなかった。しかし、驍宗を見つけ出した年、泰麒は崑崙に呼び出され、再び西王母に治療を受けた。
 全てというわけでは無いが、それにより麒麟としての本性を泰麒は取り戻した。
「チビ・・じゃねぇ、礼儀正しい泰麒らしくないな」
 悪戯っ子の笑みを押さえ、すっと真面目な表情を浮かべた六太は何か思案しているようだ。
「とりあえず、泰麒と会おう。景麒、お前も来るか?」
「はい」
「六太君はどうする?」
「俺も行く。知らない仲じゃないからな」
 三人は小さく頷きあうと、客殿へと歩き出した。













 転変してやって来たという泰麒は女官に身なりを整えられ、人型で陽子たちを待っていた。
 部屋に姿を現した陽子を視界に入れると、拱手して出迎える。
「やぁ、高里君」
 気軽に挨拶する陽子に泰麒は突然の訪れの無礼を詫びた。
「気にしないで。何か急用があったのだろう?」
「・・・はい」
 躊躇うように頷いた泰麒は、陽子の左右に立つ景麒と延麒に視線を走らせる。
「とりあえず、座ろう」
「いえ・・・」
 一瞬、顔を苦痛に歪めた泰麒は、『中島さん、ごめん』と頭を下げ、膝をついた。
「・・・高里君?」
 体調でも悪いのかと一歩足を踏み出し、体を支えようとした陽子は泰麒の頭が床につくのを見て息を呑んだ。
 二人の麒麟も同様な反応をする。
「高里君・・・泰麒!」
 孤高不恭の生き物である麒麟は、自分の王以外の者に叩頭することは出来ない、絶対に。
 それなのに、泰麒は陽子に向かって叩頭している・・・倒れているわけでは無い。
「高里君・・っ泰麒・・・何を・・・」
 何の冗談かと、一歩身を引いた陽子に、泰麒は厳かに告げた。





 『天命をもって主上にお迎えします』
 『御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げます』






「!?」
「チビっ!」
 目を見開く景麒と、叫ぶ六太。
 
 陽子は、ただ目を瞠り泰麒を見下ろしていた。







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本当は、『あと一冊で一連の騒動にけりがつく』という
小野主上のお言葉で、その1冊が出るまで、戴がどういう展開になるか
わからないから、それまで書くのは待とうかとも思っていたのですが、
それはそれ。これはこれ。
・・・原作と果てしなく反れていくような気もしますが、
ま、パロディということで(苦笑)