■ 天意、真に非ず ■
第二部
漆
| 「まずは、陛下の御座所となります霊霄殿へご案内致します」 玄君と交替した更夜が陽子の案内についた。 門から真っ直ぐに人が50人は手を伸ばして並べるほどに広い大通りがのびている。際奥に霞む僅かに 視認できる建物が、その霊霄殿とやらなのだろうか。 用意されていた華軒に乗り、陽子は小窓から周囲を覗いた。 通りには全く人の姿は無く、ひっそりとしている。 華軒の車輪の音だけが耳に届き、後は何も無い。 偽王軍を倒して金波宮入りしたときも、玄英宮に比べて恐ろしく人が少なく寂しい場所だと思ったが、ここは それの上を行く。金波宮のように荒れ果てているわけでもなく、精緻にすぎるほどに整えられているのがいっ そうその思いを強くした。 『作られた』もの。 そう感じてしまう。 「ここには私たち以外誰も居ないのか?」 「いえ、他の方々もいらっしゃいますよ。ただ、その距離が見た目だけでは計れないほどに離れているので わかりにくいですし・・・我々は干渉し合わないことが暗黙の了解になっていますから」 「そうなのか。私は、また歓迎されていないのかと思った」 「主上」 高里が困惑した視線を向け、更夜が微笑した。 「街があるのに人は居ない。人の息吹を感じない。妖魔も妖獣も現れない。ここは恐ろしく静謐に満ちた空間 ですから・・・私も苦手なのです」 自分が玉京にあまり近寄らない理由だと、更夜は明かした。 「更夜、先ほどから気になっているのだが・・・」 「はい」 「いい加減、その丁寧な口調はやめてくれないか?・・・何だか嫌だ」 「嫌・・・ですか?」 「以前と同じでいいんだが・・・」 「そういうわけにもいきませんが・・・仕方ないな」 更夜が口調をがらりと変えて苦笑を浮かべると、陽子もほっとしたように笑みを浮かべた。 「主上・・・真君と、お知り合いなのですか?」 「ああ、まぁ・・・袖擦りあうも多生の縁というか・・・色々と世話になった、かな」 「とんでもない。こちらも随分珍しいものも見せてもらったし、退屈しのぎになった」 陽子と更夜は顔を見合わせ、共犯者のような笑いを浮かべた。 更夜とのことは金波宮の誰にも話していない、陽子と更夜・・あと一人・・・三人の秘め事だ。 気心の知れた間柄らしい二人の様子に、僅かに首を傾げた高里だったが頷いた。 この天界に、一人ぐらいはそんな人間が居てもいい。 「さぁ、到着したよ」 華軒が止まり、三人が下りると眼前にはただっ広い白い階段が、上へ上へと伸びていた。 奥のほうに見える小さな長方形の穴のように見えるのが入り口なのだろう。 陽子の足元には、一足早くやってきていた騎獣がすり寄ってくる。 景王として全てのものをあそこ(慶)へ置いてきた陽子が、唯一手放さなかった所有物だ。 捕まえたときから陽子の命令しか聞かないこの騎獣は、そこらの王よりずっと気位が高く世話係に体を 触れることさえ許さない。金波宮に居るときも、陽子の側を片時も離れないものだから、しばらく景麒が非常 に機嫌が悪かったのだが、それが『妬いて』いたからだと、ついに陽子が気づくことはなかった。 ただ単に、相性が悪いんだろうと思っていた。 「まさかこれを昇れというのか?」 「ご心配なく」 どうやらこの階段にも呪がかかっているらしい。 一歩階段に踏み出したところで、景色が瞬時に変わる。気づけば陽子たちは最上段に立っていた。 便利だなぁ、とは思うがこんなに手間を省いていては運動不足になるのでは無かろうかと心配している 陽子には、まだまだ向こうでの意識が抜け切っていない。 「どうされました?」 何やら溜息をついた陽子に気づいた高里が尋ねてくる。 「いや、金波宮の中をやっと迷子にもならず歩けるようになったかと思ったら・・・またここでも一から部屋の 場所を覚えないといけないとなると、少し憂鬱になった」 「ああ、それは心配ない」 「何故?」 「ここは玉帝陛下の宮だ。部屋の位置なんてあって無いようなもの。陽子がいいと思うように宮も姿を 変えるだろう」 「そうなのか?・・・私には到底理解できない仕組みだな。いったいどうなっているんだろう?」 それを応えることが出来るものはここには居ない。 「だが、そんなことしたら他の者が困るだろう?」 「いや、たいして。神なんてものは、滅多なことじゃ集まらないし・・・霊霄殿に住むのは君と天麒の、本当に ただ二人だけだから」 「・・・・・それならもっと小さい宮でよかったのに・・・・・」 もったいない、と呟く陽子に更夜がぷっと吹き出した。 ( |