■ 天意、真に非ず ■

第二部








「行こうか、高里君」
「はい」
 陽子に寄り添う麒麟の髪の色は金では無く、黒。
 背も見上げることなく、ほとんど同じ目線だった。
 
 禁門には、陽子と泰麒・・・・延王しか居なかった。
 門を守る兵も下げられ、全ての人の出入りが禁じられた。
 陽子は、浩瀚たちに見送るなと命じた。陽子の命など聞かない相手が、延王一人だった。
 だからここに居る。

「・・・どうか、お元気で。延王」
「お前は不器用で、頑固者だな」
 別れの挨拶とは思えない言葉に、下げていた頭をあげて微苦笑を浮かべた。
「延王も相当なものだと思いますけれど?」
「何故剣を抜いてでも止めてくれなかったと俺が後で散々に言われそうだぞ」
「何を仰いますやら。あなたが少しでもそうすることを考えているなら、もう私はすでにここに立っては居ない
でしょう。延王は天ごときに遠慮される方ではありませんから」
「心外だな。これでも十二国のうち一つを治める王だぞ。天下万民のためを思えばこそ涙を呑んでお前を
見送ろうという俺の、辛い心がわからんのか?」
 そうですね、有難すぎて涙も出ません・・・・朱衡あたりならばそう返すだろうか。
 だが、陽子は頷いた。
「延王の全ての御心が悟れるほど私は万能ではありません。・・・ですが、延王が誠にそう思っていらっしゃ
ることは知っています。あなたは肝心なことでは決して嘘をつかれない」
「・・・・・・・・・」
「以前、出会った人から伺いました。・・・妖魔も人も別なく生きることのできる国を作ることを約束したと」
「・・・・・・っお前」
 滅多に無い相手の驚愕の表情に、陽子は悪戯っぽく笑った。
「あまりに長く生き過ぎて呆けてしまっているかもしれないけれど、500年ほど前の話だっただろうか、とその
人は私に話してくれました・・・・・・・。たかだか30年ほどしか生きていない小娘に何を言われるかと思われ
るかもしれません。ですが・・・全てを滅ぼそうというあなたの気持ちと、全ての者が平和に生きていける国を
作ろうと約束したあなたは、相反しているように見えても、きっと同じです。たぶん、外からこの世界にやって
来た異分子だからこそ・・・・心の底では納得できないものがこの世には数多くあって、それが許せないと思っ
てしまうのでしょう」
「陽子・・・・お前・・・」
「ああ、何が言いたいのかよくわかりませんね。言いたいのは・・・・」
 陽子は延王の前で拱手した。

「”迷子”の私に優しくていただいてありがとうございました」
「・・・・・・・」

 延王は、動くことが出来なかった。
 目の前の存在は、もう『景王』では無い。
 感じる神気が、玉葉に感じるものより更に深く不気味だった。

「主上」
 呼びかけに拱手が解け、背が向けられる。
 風に煽られた真紅の髪が翻る。
 まるで、           陽子が流す血のように。

 自ら捕らえ慣らした騎獣に足をかけ、転変した黒麒を従え、陽子は雲海へと踏み出した。

 天へと続く道を。
 真っ直ぐに。

 小さくなっていく姿。


「・・・陽子、お前はいつも肝心なところは気づかぬのだな。俺とて、国より大事に思うものがあるのだぞ・・」


 泣き言は、誰にも聞かれることなく消えていく。
 陽子は行った。




 いと高きところへ。















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