■ 天意、真に非ず ■
第二部
肆
陽子はそっと扉の前に立った。 王であったときもこの仁重殿に足を踏み入れることはほとんど無かったが、これで最後かと思うと懐かしささえ感じるのは不思議な気がした。 扉を叩こうとした手を宙で止めて、静かに息を吸う。 もう陽子の王気を感じることはできなくなってしまっただろうが、ここまで来て気配に気づかないということは無いだろう。 「・・景麒」 呼びかけた声に返事はかえらない。 だが、扉の向こうに居る相手の緊張した気配は伝わってきた。 「景麒、私はもう・・・行くから。後のことは浩瀚や遠甫に頼んである」 崩御している王が存命していることを他の官に気づかれる前に、出て行かなければならない。 「最後にお前の顔を見ていこうかと思ったけれど・・・やめておく。何だか・・・泣いてしまいそうだから」 陽子の口元に淡い微笑が浮んだ。 扉の向こうの相手は人の気配には敏感だ。寝ていたとしても、きっと呼びかけたときに目を覚ましたはず。 息を殺して聞いている様が想像できて、おかしく・・・くすぐったかった。 「なぁ、景麒・・・この30年間。お前とは喧嘩ばかりしていた気がする。・・・本当に小言ばかり言われて、褒められたことなんて少しも記憶に無いし、仏頂面で、眉間に皺を寄せて、私の言うことにいちいち『ですが、主上』なんて反発していい加減、キレかけたこともある。いっそ黄海にでも捨ててきてやるか、なんて思ったこともある」 だけど。 「だけどな、景麒」 木製の扉に触れ、在りえない温もりを手に感じた。 「私はお前のことが嫌いじゃなかった。小言が多いのも、反発するのも 半身だった麒麟への思いは、想像以上に陽子の内に溢れていた。 「お前が・・・私の麒麟で良かった。私なんかを王に選んでくれて感謝している・・・愚かな私にやりなおす機会を与えてくれたことを・・・・・・ありがとう、景麒」 願わくは・・・。 「・・・・・・私が、少しでもお前にとっていい王であれただろうか、それだけが心配だ・・・・」 景麒・・・結局、陽子は彼に字を与えてやることは出来なかった。 どんな名を与えてもしっくりこなかったし、陽子のなかで景麒は『景麒』なのだと落ち着いてしまっていた。 「景麒・・・元気で。 『元気で』 『良い王を・・・』 決別の言葉。 もう二度と会うことのない、主『だった』人の言葉。 『 私 』の、王が・・・・・・・・ 「・・・・ょう・・・っしゅ・・・じょ・・・・・・主上・・・っ!!」 貴方は知らない。 私は、もう二度と 貴方以外の王など、私は認めない。・・・・・・・欲しくない。 貴方は私の唯一無二の王。 私が頭を垂れるのは |