青く澄み渡る空。 小鳥が歌いだし、花がほころぶ。 「ようこそ、お久しぶりでございますね。まぁまぁ、中へどうぞお入りなさいませ。はい? ああ・・先日のお話の・・・」 大僧正の庵に一人の客が訪れた。 数週間前にもやってきて、話を所望した・・・・同じ客。 「そうでございますね、ではお話いたしましょう・・・・・あれは、今日のようにいい日和の あたたかな日で・・・・」 大僧正は目を細め、語りだした。 2 確か、三蔵様が成人におなりあそばされた年だったと記憶しております。 晴れ渡る空に・・・橙色の紙飛行機が飛んでおりましたのは。 それは三蔵様の養い子の・・・もう少年と呼ぶにふさわしく成長しておいででしたが その御子が自ら折られた作で、よく映えておりました。 多少、歪な形をしておりましたのはご愛嬌といったところでございましょう。 はい? ああ、何故それが御子の折ったものであるのかと知っているのか・・・でございますか? それは簡単なことでございます。 私が御子に同じものをいただいたことがあるからです。 御子は、あまり寺院の者たちを好かれてはいらっしゃらないご様子でしたが、私には 『おじいちゃん』とお声をかけて、よくこの庵にも遊びにおいで下さいました。 こう申しては何でございますか・・・御子は寺院のあまり健全とは言いがたい環境の中でも 真にすくすくと、素直にたくましくご成長あそばされていました。 少々元気すぎて、度々三蔵様にお叱りを受けておられましたが、あのくらいの年のころは それくらいがよろしゅうございましょう? ですが決して聞き分けが悪いわけでも乱暴なわけでもございません。 いえ、それよりも・・・誰よりも優しい性格でございました。 『おじいちゃん、いつもここに一人でいるんだろ?さびしくねぇ?』 今まで誰もそのようなことを私に言った者はおりませんでした。 大僧正という肩書きに誰もが遠巻きにし、頭を下げ、目をあわせては貰えないのでござい ます。・・・・・それが私にとってどれほどに寂しいことだったのか・・・・私は御子に問われて はじめて自覚したのでございます。 『んじゃ、これあげる!』 そう言って御子が差し出されたのが・・・・・・・・・この紙飛行機でございました。 私が御子にはじめていただいたものでございます。 この・・・均等に折り損ねて歪んでしまっているあたりが初々しく、けれど一生懸命に 折ってくださったことがわかって大層嬉しゅうございました。 『どちらでお習いになられました?』 『三蔵に教えてもらったんだ!』 その答えがあまりに意外で驚きました。 何しろ、三蔵様はそのような遊びなどにはまるでご関心の無いご様子でしたし、何より 日頃常に人に何かを教えられることを嫌っていらっしゃるように拝見しておりましたから。 『三蔵が折ったのはすっげー高くて遠くまで飛ぶんだ!・・・・オレのはすぐに落っちゃうん だけど・・・でもこれ、今までで一番よく出来たから!』 輝くような笑顔で言われて嬉しくない者がおりましょうか。 おそらく三蔵様もこの笑顔が見たいがために御子にお教えになられたのでしょう。 この寺院には御子と同じほどの年の者たちはございましたが、皆日々の務めに忙しく ・・・また、金色夜叉と呼ばれている御子に近寄ろうとする者はございませんでした。 遊び相手が誰も居ない寺院で、せめてものなぐさめは、そんな三蔵様とのやり取りで いらしたのでしょう。 『先日は結構なものを御子からいただきありがとうございました』 法会のおりにお目にかかった三蔵様にそうご挨拶致しましたら視線で何のことなのかと お尋ねされました。 『御子から綺麗な紙飛行機をいただきました』 『・・・・そんなことはあいつに言え』 『ええ、もちろん御子にも申し上げました。ですが御子に折り紙を教えられたのは三蔵様 なのだとお伺いいたしましたから』 『・・・ちっ・・・余計なことを』 『御子は三蔵様がお好きなのですか?』 『うん!だい好きだ!』 尋ねた私に御子はすぐさまお返しになりました。 『どのようなところが?』 『うーん・・・顔も好きだし、目も綺麗でいいし・・髪も太陽みたいにきらきらしてるだろう・・・ んー・・・そうだ!全部好きっ!!』 真に素直で良い御子でいらっしゃいました。 そんな日々を送る、ある日。夜のことでございました。 庵の扉を静かに、しかし確かに叩く音がいたしました。 『・・・はい?』 『・・・夜遅くすまん』 外から聞こえてきたのは三蔵様の声でした。 慌てて出迎えた私に三蔵様は訪ねられました。 『悟空が来てないか?』 『?いいえ。今日は一度もお顔を拝見しておりませんが・・・?』 『そうか。邪魔をしたな』 『いいえ・・・御子に何か?』 私の問いに三蔵様は一瞬、ためらわれた後。 『・・・まだ帰っていない』 『それはご心配でございましょう。ご一緒にお探し致しましょう』 『いや・・・いい。どうせ拗ねているだけだろう』 『・・・?』 『今日は相手をしてやるはずだったが予定外の仕事が入ったんでな』 『それは・・・・・』 檀家の者が寺院に無理をいい、三蔵様に直にいらしてもらえるようはからってくれないかと その朝参ったのでございます。 丁度、私も三蔵様もその場におりませず応対した者が浅はかにも頷いてしまったので ございます。もちろん三蔵様はお怒りになられました。私もその者には厳しく言い含めた のですが・・・・。 『子供の我儘だ。騒がせたな』 思索からかえった私に三蔵様が背を向けられるのが見えました。 『三蔵様』 『何だ』 『おそらく三蔵様が最もよくご存知だと思いますが・・・御子はただ我儘を申されるような 性ではございません。何かお約束があったのでございましょう?』 『・・・・・』 『御子は・・・・・・三蔵様のことが、全て好きなのだと、そう輝くような笑顔で申されていらっ しゃいました。きっとすぐにお戻りでございますよ』 私の・・・年寄りの余計なお節介でございました。 翌日。 いつものように離れから三蔵様の怒声が聞こえて参りました。 それにほっとしたのは・・・きっと私だけでは無かったことでございましょう。 たとえ、『金色夜叉』と陰口を叩かれていようと、翳りなく明るい御子の性格。 その笑顔を本当に嫌える者などおりはしないのでございますから。 そうでございましょう? 一日の終りを告げる鐘が鳴る。 ああ、またこのような時間までお引止めしてしまいましたね。 お時間のほうはよろしかったのでしょうか? ・・・そうですか、年寄りにお付き合いただきありがとうございました。 はい?楽しかった・・・・? よろしゅうございました。 またいつでもご都合のよろしいときに遊びに来て下さいませ。 お待ち申しております。 夜空に星がまたたく。 一日は静かに閉じていった・・・。 |
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■ あとがき ■
・・・ということで第二弾です。
伝聞調にしたのは第三者から見た三蔵と悟空の
絆みたいなものを書きたかったんですが・・・はてさて。
うまくいったものかは疑問でございます。