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*後編*
悟空を預かって1週間。悟浄宅(ならぬ八戒宅)では奇妙な現象が起こっていた。 それは・・・ 「おや、お帰りなさい。今日も早いですね」 夕飯前に帰宅した悟浄に八戒がにこやかに声をかけた。何だか意味深な強調部分つきでは あったが・・・。 「あー・・・まぁな」 悟浄も誤魔化すようなセリフできょろきょろと室内に視線を巡らせる。 「悟空なら水を汲みに行ってもらってますよ」 「・・・・・・・・・。・・・いや、別に・・・」 悟浄の行動が意味するところは八戒にとってわかりすぎるほどなのに、それを必死で隠そうと する悟浄がおかしくて仕方ない。 吹き出しそうなのを鉄壁の笑顔で防いだ。 そう、奇妙な現象とは・・・悟空を預かった日から今まで悟浄はいつも夕食前の決まった時間に 帰ってくるようになった。以前ならば、『これからが大人の時間てやつだからね〜』と言いつつ 町に遊びに繰り出していただろうに・・・。 「あ、悟浄、お帰り」 両手が塞がっていたため、足で扉を開けた悟空が悟浄に声をかける。 「おう。・・・お前、ドア壊すなよ」 「壊すわけないだろっ!・・・はい、八戒このくらいでいい?」 「ええ、十分ですよ。でも悟空、手が塞がっているときは足を使わずに水桶を下に下ろして、それ から開けるほうがいいですよ」 「ん、わかった。今度からそうする」 悟空は決して言ってわからない子ではない。むしろちゃんと説明すればわかってくれる。 「ったく、八戒の言うことだけは素直に聞きやがる」 「だって悟浄はいーかげんなことしか言わねーもん」 「何だとっこの・・っ」 「あはは、図星ですか」 「・・・・。・・・・・」 「ずぼし、ずぼし〜っ!」 「てめぇは意味もわかってねぇくせに言うじゃねぇよっ!」 悟浄は悟空を捕まえると、ぎりぎりと頭に拳を擦り付ける。 「っ痛っ!何すんだよっ!」 だが悟空も負けず反撃して、悟浄の膝に蹴りを入れた。 「いてっ!この・・・っ」 どたばたの二人の乱闘(じゃれあい?)が始まる。それを八戒は微笑ましくいつも見守っている のだが、先日椅子を木っ端微塵にされたときにはさすがに厳重注意を行った。 にこにこの笑顔のまま、極寒の冷気にさらされて悟浄も悟空も八戒だけは怒らせてはならないと 身に染みて学習した。 ・・・はずなのだが。 みししッ! 「あ・・・」 「やべ・・っ」 バキィッ! 先ほど汲んできた水桶が無残に破壊された。 「・・・・・・・・。・・・・・・・」 「・・・・・・・・。・・・・・・・」 悟浄も悟空も無言で固まり、恐る恐る八戒を見上げた。 そこには案の定、最凶笑顔の八戒が立っていた。 「もう一度、汲んできて下さいね?」 「「・・・・・・・はい」」 とても素直に二人は頷いた。 「もうっ悟浄のせいだからなっ!」 二人仲良く(?)再度の水汲みに放り出され、言い争いながら水場に到着する。 「何だと、てめーが桶をたてになんかしやがるからだろうがっ!このバカザル!」 「サルいうなっ!河童っ!」 バシャッ! 「ってつめてぇっ!てめ・・・このサルッ!」 「へっへ〜、河童にはやっぱり水だよな〜」 「てめっ!!」 悟浄は手に持っていた桶に水をいっぱい汲むと悟空へ向かって投げた。 「うわっ!」 桶は避けたものの、零れた水が頭に被る。 悟空は全身びしょぬれになっていた。 「・・・・っ悟浄っ!!」 負けてなるものか!と悟空も桶に汲んだ水を悟浄へとぶちまける。 素早さと馬鹿力には定評のある悟空の狙いは見事、悟浄へヒットした。 カコーン、と桶のぶつかる景気のいい音までついた。 びしょ濡れで二人は睨みあった。 「・・・・で、何をやっていたかは見ればわかりますけど」 往復30分はかからないはずの水場から裕に1時間以上かけて帰ってきた二人に向ける八戒の 笑顔はどこまでも優しい・・・・けれど、怖い。 「・・・ごめん、八戒。遅くなっちゃって・・」 しょぼんと、まるで尾を垂らした犬のように消沈した悟空は素直に謝る。 「いいんですよ、悟空・・・あたなはね」 (つーことは・・・俺かよ) 悟空の背後でひきつった表情を浮かべて、冷や汗を浮かべる悟浄。 その悟浄に、悟空の頭を撫でながら八戒は視線を向けた。 その目は『どうなるかわかってますよね?』と物騒な光をたたえていた。 さしずめ本日の悟浄の運勢は”大凶”だろう。 ■□□■■□□■ そんな騒々しくも、明るく賑やかな三人の生活はあっという間に過ぎていく。 「・・・不思議ですね」 「んあ?」 瞼の重くなった悟空をベッドへ送り、キッチンに残った八戒と悟浄は酒を酌み交わしていた。 「こうして夜、悟浄が家に居て僕と話をしているなんて、半年の間ほとんど無かったというのに、 悟空がやってきてから2週間。ずっとこうしていることが」 「あー・・・まぁ、いつ家がぶっ壊されるか気が気じゃねーし?」 「悟空はそんなことはしませんよ・・・・多少傷はつくかもしれませんが」 「・・・・多少?本当に多少か?」 「・・・・。・・・・素直じゃありませんね、悟浄」 「お前ほどじゃねぇよ」 「おや、僕はいたって素直ですよ。悟空と過ごした二週間は本当に楽しかったですから・・・他人と 過ごすことがこんなに楽しいものだと初めて知りました」 「それって、俺への嫌味か?」 「嫌ですね、言葉のままですよ。だいたい悟浄だってそう思っているからこそ、街にも入り浸らず ずっとこの家に居たんでしょう?」 「・・・・・・。・・・・・」 無言の回答はYesととっていいのだろう。 「・・・もう二度と人を愛することは無い。・・・そう思っていました」 八戒の脳裏には、双子の姉が浮かんでいるのだろう・・・懐かしくも苦しく、悲しい、そんな思いが 表情ににじみでている。 「でも・・・・自分でも不思議で仕方ないんですけど、悟空のことが愛しくてたまらないんです」 悟空の偽らない真っ直ぐな言葉は、八戒の笑顔という結界を突き破り、傷ついた心を優しく癒して くれた。 「・・・いーんじゃねぇ?」 悟浄がぽつり、と呟く。 「悟浄?」 「あいつは・・・悟空は変わらないだろうぜ」 これからもずっと、悟空は悟空のまま変わらずに居てくれるだろう。悟空だけは。 この世に不変なものなど無いとわかっていても、唯一の例外を認めてもいいと思うほどに。 「何しろ、あの三蔵サマに育てられてアレなんだからな」 「くすっ、それは僕も常々不思議に思っていたんですよ。凄いと思いませんか?あんな強烈に ひねくれた人に育てられて、あんなに素直に育つなんて・・・もう奇跡です」 「奇跡、か・・・」 二人の視線が悟空の居るはずの寝室へ向いた。 世界に絶望した男たちの元にやってきた”奇跡”。 「ずっと・・・悟空と一緒に暮らしたいですけど、三蔵が許してくれないでしょうね」 「まぁ、その前にサルが飼い主の側を離れるのは嫌だっつーだろうよ」 悟空が三蔵を慕う気持ちは側で見ている人間に痛いほど伝わってくる。 『好き』『大好きだ』と視線が訴えているのだ。 「・・・本当に羨ましいですよ」 「・・・どーかんデス」 「いっそのこと・・・・徹底的に餌付けして僕なしでは生きられない体にしてしまいましょうか」 「・・・八戒さん、その発言は限りなく危ないと思いマス」 「おや、冗談じゃありませんよ?」 「・・・・・・。・・・・・・」 本当に本気なところが、性質が悪い。 「まぁ、それあおいおい実行していくことにして、まずは三蔵が帰ってくるまで悟空を構い倒して 甘えることを覚えさせてあげましょう。知ってますか?悟空、この家に来てから我が儘を一つも 言ってないんですよ。きっと寺院では何を言っても聞いてくれる人が居なかったからでしょうが せめてここに居る間くらい我が儘の一つも言ってもらいたいものです」 「まるで初めて子供を持った親だな」 「あはは、それは言いえて妙ですね。ではさしずめ、あなたは柄の悪いお兄さんってところですか」 「柄の悪い、てのがよけーです」 八戒と悟浄は酒瓶をちん、と鳴らして笑いあった。 ■□□■■□□■ その三日後、予定どおり三蔵は帰ってきた。 くたびれた旅装束のまま悟空を迎えに来られては、八戒も悟空を渡さないわけにはいかない。 「悟空、今度は三蔵の仕事に構わず遊びにきて下さい、あなたのもう一つの家だと思って。 美味しいものをいっぱい用意して待ってますよ」 「うん、遊びに来る!」 八戒ばかりでなく、悟浄にまで抱きついた悟空に、背後の三蔵は眉間の皺を深くした。 |
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テーマは”帰る場所”